ムソルグスキー Mussorgsky

■組曲「展覧会の絵」
「ロシア国民楽派」とか「5人組」とか呼ばれる19世紀中期のロシアの作曲家の中でムソルグスキーは,もっとも独創的で天才的な作曲家と言われています。その作品の中でも,この「展覧会の絵」は,傑出した作品です。この作品は,オリジナルは,ピアノ独奏ための組曲なのですが,現在では,ラヴェル編曲のオーケストラ版の方がよく知られています。一般的には「展覧会の絵=ラヴェル版」と思われているところもあります。それだけ,よく出来たアレンジです。ラヴェル版以外にも,ストコフスキー版,アシュケナージ版,エマーソン・レイク・アンド・パーマーというロックバンドのヴォーカル入りの版,山下和仁のギター独奏版などもCDで聴くことができます。その他,手塚治虫によるアニメーション版もあります。これの編曲は冨田勲によるものです(冨田さんはこれ以外にもシンセサイザー版も作っています)。...が,やはり冒頭はトランペットでないと,しっくりこないところがあります。

これだけ,いろいろなアレンジがある曲も珍しいのですが,それだけ,オリジナルのピアノ曲に魅力があるとも言えます。10曲ほどの多彩な曲(それぞれの曲が「絵」に当たります)から成る多様性と「絵」の間を歩く様子を表しているプロムナードによる統一感が共存している構成も見事です。ピアノ版で聞いても良し,いろいろなアレンジ版で聞いても良し,という名曲中の名曲といえます。

曲は,ムソルグスキーと親交のあったハルトマンという建築家の死が契機となって作られました。彼の遺作展を見たムソルグスキーは,展覧会をモチーフとした組曲を作曲することを思いつきます。ただし,組曲の中の曲は,ハルトマンの作品にすべて対応しているわけではなく,ムソルグスキーのイメージによる「空想の展覧会」と呼んだ方が良いようです。

■プロムナード
「展覧会の絵」では,「プロムナード」という,絵と絵の間を歩く様子を描写した曲が繰り返し登場します。それぞれの絵を見る時の気分を表わしているとも言えます。この主題は,5/4拍子と6/4拍子が交替して出てくるもので,独特の魅力を持っています。こういう変拍子の曲はロシアの民俗音楽にはよくあるようです。ラヴェル版では,トランペットのソロの見せ場となっています。その反面,大変プレッシャーのかかるソロとも言われています。トランペットの後は,いろいろな楽器が入れ替わり立ち代わり出てきます。この曲全体のライトモチーフ的なこの旋律は,素朴さと強さを秘めた魅力のあるものです。

1.こびと
原語ではグノムス(Gnomus)といいます。これは,地底の宝を守る神のことです。この曲は,その奇妙な足取りとグロテスクな雰囲気を描写しています。ラヴェル版では,木管と弦楽器に素早い動きが出た後,打楽器が加わり,展開して行きます。後半では,彼らの悲しげな感情を描写するような主題が木管楽器の和音で演奏されます。

■プロムナード
冒頭のものよりも,優しい表情で表れます。ラヴェル版では,ホルンと木管が対話をするように演奏されます。

2.古城
中世の古城の前で,吟遊詩人が歌う情景を描いています。同じ音が低音で続く上に,平坦な旋律が出てきます。ラヴェル版ではファゴットが演奏します。続いて,単純だけれどもとても甘美なメロディが出てきます。ラヴェル版でアルト・サクソフォーンが演奏します。この楽器の選択もピタリとはまっています。オーケストラ曲の中でサクソフォーンが出てくるもので有名なのはこの曲とビゼーの「アルルの女」辺りです。そのせいか,フランス風の雰囲気も感じられます。

■プロムナード
ラヴェル版では,トランペットとトロンボーンが主役となります。メロディが中断された形で次の曲に移って行きます。

3.テュイルリー
パリの中心部にある公園の名前です。この公演に集まる子供たちの可愛らしい口論の様子を描いています。最初に,上下動のある,めまぐるしい雰囲気の主題が出てきます。中間部では優しいメロディになります。口論をなだめているようです。最後に最初の部分が再現して終わります。ラヴェル版では,最初と最後の部分が木管楽器で,中間部は弦楽器で演奏されます。

4.ビドロ(牛)
前の曲とのインターバルにはプロムナードは入りません。隣の絵なのでしょうか?ビドロというのはポーランド語で「牛の集団」という意味です。ムソルグスキー自身は認めていないのですが,牛が大きな荷車を引っ張るような情景ということになっています。冒頭のどっしりとした短調な伴奏からして印象的ですが,それに続いて登場する重い主題も大変印象的です。ロシアの農民の秘めた憂鬱を描いているようです。ムソルグスキー自身明示していませんが何か深い意味を持つとも言われています。

曲は徐々にクレッシェンドし,クライマックスを作った後,徐々に弱まっていって終わります。ラヴェル版では,主旋律はチューバの高音で演奏されます。クライマックスは,フルオーケストラで演奏されます。

■プロムナード
優しい表情で演奏されます。ラヴェル版では木管楽器で演奏されます。次の曲の前奏のような位置付けになっています。

5.殻をつけたひよこのバレエ
小鳥を描いた音楽は沢山ありますが,その中でも特によくできた曲です。大規模な曲が多い中で,室内楽的な雰囲気のある曲となっています。とこの曲については,手塚治虫のアニメーション版での,ダンスのシーンが大変印象的です。曲全体に渡り,ひよこの鳴き声とチョコチョコ動く様子を音の動きで見事に描写しています。中間部では,高音域でのトリラーが特徴的です。ラヴェル版では,まずフルートが主旋律を演奏します。中間部は第1ヴァイオリンが中心になります。

6.サミュエル・ゴールデンベルクとシュムイレ
金持ちで傲慢なゴールデンベルクと貧しく卑屈なシュムイレの会話を描写しています。まず,ゴールデンベルクを表わす尊大な感じの主題が出てきます。続いて,シュムイレを表わす3連符を中心とした動きの速い主題が出てきます。そのうちにゴールデンベルクの威圧的な声がシュムイレを圧倒してしまいます。ラヴェル版では,木管と弦のユニゾンでゴールデンベルクの主題は演奏され,シュムイレの方は弱音器をつけたトランペットで演奏されます。これはトランペット奏者にとっては非常に難しい箇所です。

■プロムナード
最初のプロムナードと同じテンポです。ラヴェル版では省略されています。

7.リモージュ(市場)
リモージュというのはフランス中部の町の名前です。その町の市場の賑わいを描いています。市場に集まる女性たちのおしゃべりを聞くような雰囲気で曲は始まります。この細かい音の動きが延々と続きます。ラヴェル版では,ホルンに始まって,いろいろな楽器で次々と主題が断片的に扱われ,目くるめくような効果を出しています。そのまま,次の曲に続きます。

8.カタコンブ(ローマ時代の墓)
カタコンブというのは古代ローマ時代,キリスト教信者が葬られた墓です。和音の連続で,不気味な雰囲気が表現されています。中間部ではぽっかりと断片的なメロディが出てきます。ラヴェル版では最初の和音は管楽器+コントラバスだけでコラール風に演奏されます。中間部で出てくる旋律はトランペット・ソロで演奏されます。

続いて,「死せる言葉による死者への話しかけ」という不気味なタイトルを持つ部分に移ってきます。高音のトレモロでプロムナードのメロディが演奏されます。ラヴェル版では,トレモロはヴァイオリンとヴィオラが演奏し,プロムナード主題の方は木管→低弦で演奏されます。

9.鶏の足の上の小屋
奇妙なタイトルですが,原画の方もそのような幻想的な絵となっています。この曲は「バーバ・ヤガーの小屋」とも呼ばれますが,スラヴの伝説に出てくるバーバ・ヤガーという妖婆の小屋のイメージを描いています。

曲はたたきつけるような鋭い動機で始まります。続いて,エンジンが掛かったような感じで活動的な雰囲気になります。これが次第に大きく盛り上がって行きます。ラヴェル版では打楽器の迫力が楽しめる部分です。続いて,和音の連打による激しい主題が出てきます。ラヴェル版ではトランペットで印象的に演奏されます。

中間部はテンポが遅くなり,静かな雰囲気になります。冒頭の主題が低音部で演奏されます。ラヴェル版ではファゴットなどでひっそりと演奏されます。その後,初めの部分が再現されます。前半よりもさらに華やかな雰囲気になります。曲はそのまま,次の曲になだれ込んで行きます。

10.キエフの大門
キエフに造られることになった大きな門の設計図から霊感を得て作られた曲です。その名のとおり,威厳のある雰囲気で始まり,大きく盛り上がっていきます。ラヴェル版ではここでもトランペットで始まります。続いて全楽器で演奏されます。

続いて静かなコラール風の主題が出てきます。ラヴェル版ではクラリネットとファゴットで演奏されます。その後,冒頭の堂々とした主題が再現します。次にコラールの主題が出てきます。オリジナル版ではフォルテシモで出てきますが,ラヴェル版では弱音で演奏されます。

その後は,非常に華やかな盛り上がりになります。冒頭の主題が壮大に扱われ,圧倒的なエネルギーを持ったコーダで締めくくられます。ラヴェル版では,寺院の鐘をイメージさせる打楽器が華やかに活躍し,トランペットがプロムナードの主題を高らかに演奏します。最後はフル・オーケストラのパワー全開となります。(2003/01/25)