プッチーニ Puccini
■歌劇「ラ・ボエーム」

プッチーニの作曲したオペラの中では「蝶々夫人」「トスカ」と並んで,彼の3大オペラと呼ばれている傑作です。全体の構成の良さ,という点では,他の作曲家のオペラの中でも対抗できるものがないほどです。4幕から構成されていますが,交響曲の4つの楽章にも比較できます。起承転結の構成を当てはめることも可能です。演奏時間も2時間以内に収まります。

このオペラは,貧乏な若者たちが主人公です。いわゆる「青春群像モノ」で,現代の聴衆が見ても違和感なくストーリーの中に入っていくことができます。プッチーニ自身,若い時代に貧乏なボヘミアン的な生活をしていたことがあります。その時は,「カヴァレリア・ルスティカーナ」などで有名なマスカーニと下宿を共にして苦学していました。その時の経験がこの曲の中にも反映しているようです。

現実主義的なヴェリズモ・オペラの影響を受けつつも「いかにもイタリア・オペラ」という甘さにも溢れているのが魅力です。

この曲のタイトルの「ラ・ボエーム」というのは,「La(定冠詞)+Boheme(ボヘミアン的生活)」です。ボヘミアンというのは,元々はボヘミア地方(現在のチェコの北西部)出身のジプシーを指していましたが,1830年頃パリに集まったその日暮らしの貧乏な芸術家を総称して呼ぶ言葉になりました。日本語のタイトルでは「ボエーム」と表記されることもあります。

●登場人物
主人公は,詩人・ロドルフォ(テノール)とお針子のミミ(ソプラノ)のペアです。もう一組のペアが画家・マルチェルロ(バリトン)とムゼッタ(ソプラノ)です。彼らの仲間として,哲学者・コルリーネ(バス),音楽家・ショナール(バリトン)などが登場します。共通するのはみんな貧乏だということです。

その他,家主・ブノア(バス),ムゼッタのパトロン・アルチンドロ(バス),おもちゃ商人・パルピニョール(テノール)が登場します。その他,群集役の合唱,児童合唱が登場します。

●台本
イタリア語。ジャコーザとイッリカによるものです。原作は,フランスの作家アンリ・ミュルジェの小説「ボヘミアンたちの生活情景」です。

●時代・場所
1830年代のパリ。ラテン区(カルチェ・ラタン(Quartier Latin);セーヌ川左岸の学生街。現在も教育の中心地)。)。第3幕のみはパリ郊外のアンフェールの関門前。

●初演
1896年に当時29歳だったトスカニーニの指揮でトリノで行われています。

第1幕
プッチーニの他のオペラ同様,序曲なしでいきなり始まります。パリ・ラテン区の貧乏な屋根裏の下宿が舞台です。季節はクリスマス・イブということで,部屋の中は相当冷え込んでいます。冒頭の快活なテーマは,ボヘミアンの生活を表しています。その他,このオペラでは「〜のテーマ」といったライトモティーフが沢山使われています。舞台では,画家のマルチェロが「紅海を渡るモーゼ」という絵を描いています。詩人のロドルフォの方は寒さに耐え兼ねて,自分の書いた原稿を燃やして暖房の代わりにしています。

続いて,哲学者のコルリーネが入ってきます(登場人物が新たに出てくるたびにそれぞれのモチーフが登場します)。3人は原稿を次々と火の中に投げ入れます。プッチーニは,その動作に合わせて律義に音楽を付けています。映画音楽の先駆のような感じです。

続いて,音楽家ショナールが登場します。3日間働いてお金を稼いで来た彼は,クリスマス・イブなので外に行こうと誘います。ここで鳴るのがラテン区にあるカフェ「モニュス」のテーマです。このテーマは第2幕でも登場します。

乾杯しようとした時に家主のブノアが滞納している家賃の督促に来ます。彼らは家主に金貨を見せて安心させますが,うまくおどして追い出してしまいます。もう少し,原稿を書きたいというロドルフォを除く仲間達はカフェに出掛けます。ここまでは非常に活気のある雰囲気で進んで来ましたが,これ以降は甘い部分に一転します。

ロドルフォだけが残った部屋に,若い女性が「ローソクが消えたので」といって火をもらいに来ます。これがミミです。ミミはこの時点ですでに病気がちで,倒れ込んでしまいます。この辺ですでに第4幕を予感させるようなモチーフが出てきます。

続いて,ローソクの消えた部屋の中でミミの落とした鍵を探すシーンになります。この辺は,ミミに一目ぼれしたロドルフォが,わざと鍵が見つからないふりをしたり,わざとロウソクを消したり,わざと手を握ったり...とあれこれ策を巡らせているようです。手を握った瞬間にホルンが長く音を伸ばして,テノールの有名なアリア「冷たい手を(Che gelida manina)」になります。ミミに惚れたことを甘いメロディに乗せて歌います。最後に3点ハ(ハイC)という高い音が出て来ます。

続いて,ミミの方の身の上話が始まります。こちらも有名なソプラノのアリア「私の名はミミ(Mi chiamano Mimi)」です。この2曲のつながり辺は万葉集の相聞歌のような感じです。本名はルチアというけれども,なぜミミと呼ばれるか知らない,などと歌います。ミミは,リリック・ソプラノの代表的な役柄です。この曲も控え目なミミの性格を表すような平明な曲です。曲の最後の部分は同じ音が10個も続き早口をしゃべるように終わるもの独特です。

外からは仲間の声が聞えます。ロドルフォは席を2つ取っておくように言うと「詩人が詩を見つけた」と言って去っていきます。この後は,2人の二重唱となります。愛をたたえながら2人は外に出ていきます。最高音のハ音が聞こえてきて幕となります。この最後の音はロドルフォの方も慣習的に高いハ音に上げられ,2人がユニゾンで歌うのが一般的になっています。

第2幕
クリスマス・イブで賑わうカフェ・モミュス前の広場の場です。第1幕にも出てきたカフェ・モミュスのテーマを3本のトランペットが演奏します。その後,群集の合唱が続きます。ショナール,コルリーネはそれぞれ,ホルン,外套を買います。ロドルフォはミミのために帽子を買います。これらの”小道具”は後の幕で再登場します。

ロドルフォは仲間にミミを紹介します。「自分の頭から詩が生まれ...」と愛の歌を歌いますが,仲間達は皮肉を込めて応対します。そのうちに手押車を押しておもちゃ売りのパルピニョールが登場します。子供たちが彼に群がり,児童合唱で俗謡を生かした歌が入ります。

ボヘミアンたちは,乾杯をするために杯を上げるが,元気のないマルチェルロだけは「毒が飲みたい」と杯を置きます。曲調がはずむような音楽になり,マルチェルロの前の愛人ムゼッタが,荷物を抱えたパトロンのアルチンドロをお伴にやってきます。

彼女を無視する振りをしながら気にかけるマルチェルロ。彼の気を引こうとするムゼッタのやりとりがあった後,「私が町を歩く時(通称:ムゼッタのワルツ)」という有名なアリア・アンサンブルになります。ゆっくりとしたワルツで親しみやすく歌われます。ボヘミアンたちとアルチンドロによる六重唱となります。マルチェルロがムゼッタのことを愛していることを確信したムゼッタは,突如アルチンドロに「足が痛む」と言い出し,彼を靴屋に走らせ,この場から追い出します。

アルチンドロが見えなくなると,ムゼッタとマルチェルロは抱き合います。ウェイターが勘定書を持ってきますが,あまりに高額なのでボヘミアンたちは慌てます。

遠くから鼓笛の響きが聞こえ,次第に近づいて来ます。町はますます活気づきます。ムゼッタはウェイターに自分の勘定とボヘミアンたちの分を一緒にして,さっきの老紳士が払うと伝えます。ムゼッタとボヘミアンたちは群集の中に紛れ込みます。行進曲のリズムの中,アルチンドロが戻って来ます。ウェイターに高い勘定書を手渡された所で幕となります。

この幕は,ドラマの進行上あまり影響はないのですが,群集の登場する楽しげな場とすることで,オペラの後半の雰囲気を盛り上げるのに役だっています。

第3幕
舞台はパリ郊外のアンフェール門(地獄門)の前です。近くにはマルチェルロとムゼッタが雇われている居酒屋があります。第2幕から2ヶ月ほど経った雪の降る夜の夜明け前で,前幕とは雰囲気が変わり,うら寂しい雰囲気となります。音楽の方も雪の降る様子を効果的に描写しています。「ジャジャン」という全合奏による2つの短い音でこの幕は始まりますが,そのことによって,かえって,その後の静寂が強調されています。

しばらくすると,ミミが咳き込みながらマルチェルロに合うためにやってきます。ミミは,「ロドルフォは自分を愛しているのに,最近いらいらして怒り,冷たく当たる」と相談します。マルチェルロは,ロドルフォが来ていることを知らせ,咳き込むミミを労わり,家に帰るようにすすめます。

ロドルフォが出てくる気配を感じるとミミは陰に隠れます。ロドルフォは,ミミと別れたいとマルチェルロに言います。木陰にいるミミとの三重唱となって進んでいきます。音楽が陰鬱な雰囲気になると,ロドルフォは,ミミは重病だと告げます。ここで出てくる和音は第4幕のクライマックスにも再現します。ミミは,自分の命が長くないことを知り,むせび泣き咳き込んでしまいます。ロドルフォはここで,ミミが居たことに気づきます。驚いて掛けより,彼女を慰めます。居酒屋の中からは,ムゼッタの笑い声が聞こえ,マルチェルロは家の中に駆け込みます。この辺りは,各人物のモティーフが巧妙に絡み合います。二人になるとミミは「さよなら」と言い,「ミミの別れ」という悲しいアリアとなります。ここでも以前に出てきたモティーフが回想的に使われ,ドラマを盛り上げます。

ロドルフォも別れることを承知すると,3/4拍子の四重唱になります。ミミとロドルフォは楽しかった生活をなつかしみ,複雑な心理を歌います。居酒屋の方からはマルチェルトとムゼッタの口論の声が聞こえてきます。別れを惜しむペアと口論をするペアが対比的に描かれます。マルチェルロとムゼッタは喧嘩をし,そのまま退場してしまいます。後に残ったミミとロドルフォは,花の咲くころに別れることに決め,舞台の外に去ります。舞台裏から2人のユニゾンで一緒に高い変ロ音を聞かせます。静かで甘い雰囲気が続いた後,最後にオーケストラの全合奏でこの幕の最初に出てきた音型が出てきて幕となります。

第4幕
第1幕と同じ屋根裏部屋が舞台です。第3幕から数ヶ月たっています。第1幕と同様ボヘミアンの主題で幕が開きます。マルチェルロもロドルフォも別れた女のことを思って,仕事が手につかない状況です。回想するような雰囲気になり,二人で「もう帰らないミミ」と歌い始めます。それぞれがミミとムゼッタへの思いを歌います。

2人が現実に戻るとコルリーネとショナールの主題が出てきて,2人が登場します。パンとニシンを持ってきて,空想の宴会をしたり,踊りの真似をしたり,決闘の真似をしたりと子供のように元気にはしゃぎます。前半は賑やかなのは,第1幕と共通しています。

曲調が一転し,ムゼッタが現れます。緊迫した雰囲気になり,重病のミミを連れて来たと告げます。ミミを寝台に寝かせ,再会を喜びます。子爵の世話から抜けだし,ロドルフォのところで死にたいというミミを街でみつけ,ここまで連れて来たとムゼッタは話します。この辺では「私の名はミミ」のメロディが弱々しく響いています。

ミミは,懐かしい部屋に戻れた喜びを歌います。ボヘミアンたちは,何もないのをこぼします。ムゼッタは耳飾りをマルチェルロに渡し,医者と薬を頼み,自分はマフを取りに行くと一緒に出掛けます。

コルリーネは,自分の外套を売って金に換えようと「古外套よさらば」を歌います。彼はショナールをうながし愛し合う2人を残して静かに部屋を出ます。2人になると「みんないってしまったの」とミミの最後の歌が始まります。続いて「私の名はミミ」と歌い始め,回想的な雰囲気になります。

ミミは話なかばで急に気を失います。音楽の方も暗く響きます。皆が戻って来て,マフを手にしたミミはうわごとのように口走り,眠りに落ちます。ムゼッタは聖母に一心に祈ります。その間にチェロとコントラバスがピツィカートでミミの死を暗示するような音型を演奏します。

ロドルフォは,そのことに気づかず,窓にムゼッタのショールを掛けます。ミミに近づいたショナールはミミの死に気づき,マルチェルロに知らせます。戻って来たコルリーネはミミの容態を尋ねます。ロドルフォは「眠っている」と答えますが,仲間の様子がおかしいことに気づきます。耐えかねたマルチェルロが元気を出せと声を掛けます。

管弦楽がフォルテで「みんな行ってしまったの」のメロディを演奏し,ロドルフォはミミに駆けより「ミミー,ミミー」と繰り返し叫び,泣き崩れます。後奏が次第に弱くなり消え入るように幕となります。(2002/12/09)