プッチーニ Puccini

■歌劇「トスカ」
この作品は,プッチーニの作曲した歌劇の中では「蝶々夫人」「ボエーム」と並んで有名な作品です。作曲されたのは1900年で,舞台はその丁度100年前のローマです(ちなみに各幕の舞台となっている場所は歴史的な建造物として実際に残っているものです)。ナポレオンの時代,革命の時代のお話ということで,政治的で血生臭い内容なのですが,音楽の方は非常にドラマティックで大変聞き応えのある内容となっています。

作曲された時代は,マスカーニの「カヴァレリア・ルスティカーナ」やレオン・カヴァレロの「道化師」などヴェリズモオペラと呼ばれる演劇的な作品がすでに出てきており,この作品もその洗礼を受けています。「歌に生き,恋に生き」「星はきらめき」といったイタリア・オペラを代表する名アリアを含みつつも,全体として演劇的緊張感をはらんでいるのがこの作品の大きな特徴です。ドラマの流れを重視しているのでアリアの後に拍手を入れられないようになっていますが,これは他のプッチーニのオペラと同様です(注:このオペラは,もともとはサルドゥ作の演劇です。サラ・ベルナールという名女優の当たり役だったそうです。日本では「大津屋おすが(フローリア・トスカが訛ったもの?)」というタイトルで上演されたとのことです。)。

音楽的に見ると,タイトルどおりトスカのためのプリマドンナ・オペラで,ソプラノ歌手なら誰でも歌いたがる曲です。ドラマの展開からすると悪役のスカルピアが非常に重要になってきます。すべてのオペラの中でも一,二を争う悪役でしょう。ただし,あまり下品なスカルピアだと,興ざめになるようです。この2人の絡む第2幕が大きな見所となります。その他,オルガンが出てきたり,鐘の音や銃や大砲の音が出てきたりと,スペクタクルな音響効果も聴きものです。

主な登場人物は次のとおりです。
  • フローリア・トスカ(有名な歌手,ソプラノ)
  • マリオ・カヴァラドッシ(画家,テノール)
  • スカルピア男爵(警視総監,バリトン)
  • チェーザレ・アンジェロッティ(バス)
  • 堂守(バリトン)
  • スポレッタ(警官,テノール)
  • シャルローネ(憲兵,バス)
  • 看守(バス)
  • 牧童(アルト)その他,兵士,警官,市民などの合唱が加わります
あらすじは次のとおりです。

舞台は1800年のローマ。歌手トスカと画家カヴァラドッシは愛し合っている。カヴァラドッシは脱獄してきた政治犯の友人アンジェロティをかくまったことから逆に捕らえられる。トスカは警視総監スカルピア男爵にカヴァラドッシの助命を求める。スカルピアはその代わりトスカに自分のものになれと身体を求める。トスカはカヴァラドッシ釈放の書類を手にしてからスカルピアに身を任せるふりをして「これがトスカの接吻よ」とナイフで殺害する。カヴァラドッシの銃殺刑は形式上のものとして空砲で行なわれるはずだったが,処刑は実際に行なわれてしまう。絶望したトスカはサンタンジェロ城から飛び降り,自ら命を絶つ。

最後の飛び降り自殺の場の演出はなかなか難しいようです。下にトランポリンを置いておいたところ,飛び降りたはずのトスカが何度も戻ってきて,泣くに泣けぬ幕切れになったという笑い話も聞いたことがあります。

第1幕
舞台はサン・タンドレーア・デッラ・ヴァッレ教会です。右手には礼拝堂,左手には足場が組まれ,画材,絵具などが置いてあります。

トスカには序曲はありません。幕が開くと,いきなり,とても印象的な和音が鳴り響きます。これは悪役スカルピアのテーマです。彼の執念深さを表わすと言われています。続いて,激しい音楽が続きます。この辺のスピーディな展開は,とても格好よく演劇的な緊張感があります。最初に出てくるのはアンジェロッティです。この人は,脱獄した政治犯です。礼拝堂の中に隠れます。

音楽が軽快な雰囲気に代わり,堂守が入ってきます。夕べの祈りの鐘が鳴り,堂守はひざまずいて祈りを捧げます。そこに画家のカヴァラドッシが入ってきます。絵にかけてあった覆いを取ると,そこには描きかけのマグダラのマリアの像の絵が出てきます。ここで音楽はアンダンテの印象的なメロディに変わります(モデルのアッタヴァンティ夫人を表わすテーマ)。堂守は「この絵のモデルは熱心にお祈りにくる女性ではないか」といった会話をします。カヴァラドッシは,絵を描きはじめます。ここで,ポケットから歌手トスカの肖像入りメダルを取り出して,絵と見比べながら歌うのが「妙なる調和(Recondita armonia)」という有名なアリアです。

堂守が去ると誰もいなくなったと思ったアンジェロッティが飛び出してきます。カヴァラドッシが居たのでアンジェロティは逃げようとしますが,お互いがかつての同士だとわかり,カヴァラドッシは,助力を申し出ます。そこにトスカの声が聞こえます。アンジェロッティは再度礼拝堂に隠れます。

音楽は,アンダンティーノに変わり,「マーリオ,マーリオ」とトスカが入ってきます。信心深いトスカを表わす美しい旋律です。すでに「歌に生き,恋に生き」の雰囲気があります。今日に限って鍵が掛かっていたことを怪しみ嫉妬しますが,聖母マリアに祈った後,気分が落ち着き,今晩のコンサートの後,別荘に行こうと誘います。「緑の中にひっそりと私たちを待つ家が恋しくないのですか」と歌います。カヴァラドッシも了承します。マリアの画像のモデルがアッタヴァンティ家の娘でないかと再度嫉妬しますが,カヴァラドッシは優しくなだめます。この後,情熱的な二重唱が続きます(トスカのカヴァラドッシへの愛を示すテーマ)。

トスカが帰ると,アンジェロッティを礼拝堂から連れ出します。そこで大砲が鳴り響きます。スカルピアを呪うかのように冒頭のスカルピアのテーマが出てきます。再度,大砲が鳴るので二人は脱獄が発覚したかと思い,教会から出て行きます。

入れ違いにナポレオンが敗北したことを喜ぶ堂守が入ってきます。カヴァラドッシの不在を不審に思います。その後,にぎやかな音楽になり大勢の人たちが入ってきます。みんな,トスカが新曲を歌うと一同は喜び,騒ぎます。

そこに突然,スカルピアのテーマが鳴り,部下のスポレッタや警官とともに入ってきます。ナポレオンに勝ったことを祝うテ・デウムの準備を命じますが,そこに残された品物から,カヴァラドッシがアンジェロッティをかくまっていたのではないかと想像します。

そこにトスカが入ってきます。スカルピアは物陰に隠れ,様子を探ります。この時はトスカの愛のテーマが流れています。トスカは,カヴァラドッシの不在を不審に思い,堂守に尋ねます。この場では鐘の響きが効果的です。そこにスカルピアが登場し,やさしく話しかけ,扇を種に嫉妬心をあおります。やがて,群衆が次第に数を増してきます。トスカは,カヴァラドッシが別荘で逢引をしていると考え,そこに出かけようとします。トスカの後をスポレッタが尾行します。

オルガンが響き,司祭に付き添われて枢機卿が現れ,祭壇に進んで群衆に祝福を与えます。聖歌隊が「テ・デウム」を歌う一方で,スカルピアは,計略をめぐらすように一人つぶやき続けます。この辺りで悪役のキャラクターを強くアピールします。やがて,スカルピアも合唱に加わり,最高潮に達したところで,鐘や大砲が響き,スカルピアのテーマで幕が降ります。

第2幕
夜のファルネーセ宮殿のスカルピアの部屋が舞台です。スカルピアが食事をしながら考え事をしています。下の階から舞踏会のガボットが聞こえてきます。スカルピアは,手紙を書き,トスカに渡すように部下に渡します。「トスカはカヴァラドッシのためにやってくるだろう」とつぶやき,「甘い承諾よりもはげしい征服の方が味がつよい」と酒を飲みながら歌います。

音楽が変わり,スポレッタが「アンジェロッティは逃したが,カヴァラドッシを連行してきた」と報告します。フルートと弦で不気味な音楽が流れます(カヴァラドッシの苦痛のテーマ)。窓からは祝賀のカンタータの女声合唱が聞こえてきます。

間もなくカヴァラドッシが引き出されてきます。スカルピアが脱獄囚の話をしたところで,トスカの声が窓から入ってきます。スカルピアは,「お前がかくまっただろう」と問いただしますが,カヴァラドッシは口を割りません。オーケストラには悲痛な動機が出てきます。

そこに手紙を見たトスカが入ってきます。カヴァラドッシと再会し,「何も言ってはいけない」とささやきます。スカルピアはカヴァラドッシを拷問室に連れて行かせ,部屋にはトスカと二人になります。スカルピアはトスカに問いただしますが口を割りません。スカルピアはカヴァラドッシを激しく拷問するように命じ,カヴァラドッシのうめき声が聞こえてきます。トスカは耐えきれず「拷問をやめて」と叫びます。カヴァラドッシはそれでも「話してはいけない」といいますが,耐え切れなくなったトスカはついに「庭の古井戸の中」と隠れ場を白状します。この時,スカルピアの勝利を示すようにスカルピアのテーマが鳴り響きます。手に汗を握るような劇的な場面がずっと続きます。トスカの願いで,血まみれのカヴァラドッシが連れ出され,トスカは彼を労わりますが,トスカが秘密を白状したことを知り,激怒します。

そこにスカルピアの部下のシャルローネが入ってきて,マレンゴの戦いに勝ったのはナポレオンの方だと知らせに来ます。カヴァラドッシは,それを聞いて「勝利だ,勝利だ(Vittoria!)」と喜び(この声が聴きものです),自由の復活を謳歌する歌を歌います。カヴァラドッシはスカルピアを罵倒しますが,激怒したスカルピアは彼を投獄し,絞首台に送るよう命じます。トスカは恋人の「いくら出せば?」と助命を乞いますが,代償として「金ではない,あなたが欲しい」と恋心を打ち明け,「この時を待っていたのだ」というアリアを歌い,トスカに迫ります。トスカは助けを求めて逃げ回りますがその時,小太鼓の音が近づいてきます。あれは刑場に向かう行進だと告げると,トスカが有名な「歌に生き,恋に生き(Vissi d'arte, vissi d'amore)」を歌います。「誠実な信仰を持って正しく生きてきたのに」と現在の悲しみを神に問いかける歌です。このオペラに限らず,ソプラノのためのアリアの中でもっとも有名なものでしょう。

そこにスポレッタが入ってきて,アンジェロッティが自殺したと告げ,カヴァラドッシの処刑の準備も整ったと伝えます。トスカはついにカヴァラドッシの要求を受け入れます。形だけの銃殺を行なうように命じ,スカルピアは彼らのために国外逃亡のための出国許可書を書こうとします。この時流れる暗い旋律が不実のテーマです。トスカは隙を見て,テーブルにあったナイフを隠し持ちます。スカルピアが「とうとう私のものだ」とトスカに近づいたとき,「これがトスカの接吻よ」とナイフで突き刺します。スカルピアの息は絶えます。

オーケストラに不実のテーマが流れ,トスカはナイフをおき,手を洗い,髪を直し,通行証を奪い,死体の両側に燭台を置いて出て行きます。遠くから聞こえる太鼓の音を残して幕になります。スカルピアの殺害から後,無言で芝居を見せるあたりは非常に演劇的です。

第3幕
サン・タンジェッロ城の屋上です。ホルンの短い序奏に続いて幕が開くと,晴れた夜空に星がきらめいています。遠く鈴の音が聞こえ牧童の歌う素朴な歌が聞こえてきます。

空が白みはじめてきて,カヴァラドッシが兵士に連行されてきます。カヴァラドッシは,トスカに別れの手紙を書きながら思い出にふけります。ここで歌われるのが有名なアリア「星も光ぬ(E lucevan le stelle)」です。カヴァラドッシの辞世のアリアで,終わったあと感極まって泣き伏します。

そこにトスカが現れ,一部始終を説明し,銃殺は空砲で行なわれると説明する。ここで「優しい手よ(O dolci mani)」という愛の二重唱が歌われます。

時を告げる鐘が鳴り,「うまくやるよ」と笑顔で答えた後,トスカは成り行きを見守ります。銃声とともにカヴァラドッシは倒れます。兵士が去った後,彼に近づいたトスカは,カヴァラドッシが本当に銃殺されたことを知ります。トスカは気がくるわんばかりに驚きます(スカルピアは本当に悪いやつです)。

その時,スカルピアの死体を発見した部下たちがトスカを捕まえに屋上に上がってきます。飛び掛ろうとするスポレッタを避けてトスカは,「スカルピア,神様の前で」と叫んで,屋上から身を投げます。最後に「星は光ぬ」の印象的なメロディを激しく奏でて,全幕が降ります。(2002/9/28)

(参考文献)
  • ヴェルディ・プッチーニ(作曲家別名曲解説ライブラリー24).音楽之友社
  • プッチーニ:歌劇「トスカ」全曲CD(東芝EMI TOCE-6157/58)の宮沢縦一氏の解説
  • オペラの本(別冊宝島EX).宝島社
  • 思いっきりオペラ/本間公.宝島社