ラフマニノフ Rachmaninov

■ピアノ協奏曲第2番ハ短調op.18

ラフマニノフは,チャイコフスキー直系の19世紀ロシア・ロマン派の作曲スタイルをかたくなに守った作曲家です。その保守的・時代遅れといっても良い作風については,「現代音楽=わけのわからない音楽」を賛美する立場からすると,評価が低いのですが,20世紀に作曲された前衛的な作品の中で繰り返し演奏される曲が非常に少ない一方,彼の作品の多くはピアノ曲を中心としてスタンダード曲としてしっかりと残っています。主義主張は別として「良いものは良い」と判断するのは聴衆の耳と言えます。

そのラフマニノフの作品中もっともよく知られている作品がこのピアノ協奏曲第2番です。この作品は交響曲第1番の不評の後,極度のスランプに陥ったラフマニノフがダール博士の心理療法を受けて立ち直るきっかけとなった作品です。

作曲されたのは,1901年という20世紀最初の年です。ロシア革命前夜の閉塞的な時代の空気がこの曲の随所に感じられます。地方の地主貴族の家系に生まれたラフマニノフ自身は,ロシア革命には反対で,その後,アメリカに亡命することになります。

濃厚なロシア的抒情と強靭なピアニズムを感じさせるこの曲はピアノ協奏曲は,ハリウッドを中心とした映画音楽としてもよく使われるようになります。よくラフマニノフの音楽は「映画音楽のようだ」と言われますが,これは逆です。映画音楽の方がラフマニノフを真似したものです。ちなみに次のような映画で使われています。
  • 「逢いびき」(デヴィッド・リーン監督,1945年)
  • 「旅愁」(ウィリアム・ディターレ監督,1950年)
  • 「7年目の浮気」(ビリー・ワイルダー監督,1955年)
  • 「遠い日の家族」(クロード・ルルーシュ監督,1985年)
特に「逢いびき」では,全編に渡りこの曲が使われ,切なさと感動を盛り上げています。

その他,二ノ宮知子作の最近人気のコミック「のだめカンタービレ」第4巻にも登場しています。また,伊藤みどりが1992年のアルベールビル冬季五輪のフィギュア・スケートで銀メダルを取ったときに使っていたのもこの曲です。トリプル・アクセルを決めた瞬間の映像は当時何度も何度もニュースなどで放送されていましたが,その度に第3楽章の最後の方が華麗に流れていました。

この曲をはじめ,ラフマニノフのピアノ曲は彼自身が弾くために作曲したものです。主要ピアノ曲の作曲は第1次世界大戦の頃までに作曲してしまい,その後,アメリカに亡命してからはピアニストとして自作を演奏し,多くのレコード録音を残しました。この曲についても1929年にレオポルド・ストコフスキー指揮フィラデルフィア管弦楽団と録音を行っています。

第1楽章 モデラート,ハ短調,2/2,ソナタ形式
冒頭,独奏ピアノが「ダーン,ダーン...」と遠い鐘の響きを思わせる荘重な和音を繰り返しながら始まります(この和音はちょっとずらしてアルペジオ風に演奏されることもあります)。ラフマニノフの曲には「鐘」をイメージさせる曲がいくつかありますが,彼の幼児体験に基づいているようです。

これに続いて,弦楽器全体で暗く強い第1主題が演奏されます。これは2つの音が揺らぐようなメロディです。弦楽器の厚い響きを堪能できる部分です。これが大きく盛り上がった後,第2主題がヴィオラに導かれてピアノに出ます。こちらの方は憂いに沈んで溜息をつくようなメランコリックなものです。その後,ピアノはほとんど休む間もなく,華麗なテクニックを披露していきます。オーケストラと一体になって激情的なダイナミズムを作りながら進んでいきます。

再現部では第1主題は,ピアノのオブリガードを伴ってより華麗に演奏されます。第2主題の方は,ホルンのうっとりするような高音で印象的に演奏されます。楽章の締めくくりは,ラフマニノフの曲によく出てくる「ジャンジャンジャン」とフレーズですっきりと締められます。

第2楽章 アダージョ・ソステヌート,ホ長調,4/4,三部形式
弱音器を付けた弦楽器とピアノ,木管楽器が美しく絡みながら進む楽章です。3連符が連続するピアノの伴奏の上に,フルート,クラリネットが夢うつつをさまようようなロマンティシズムに溢れてたメロディを連綿と歌います。ラフマニノフ一流のリリシズムが最高に発揮されている部分です。

中間部ではファゴットの高音とピアノとが美しく絡み合います。ピアノは次第に雄弁になり,カデンツァ風の華やかな部分となります。その後,第1部の主題が再現されますが,より陶酔感を増しています。

第3楽章 アレグロ・スケルツァンド,ハ短調〜ハ長調,2/2,自由なソナタ形式
行進曲風に始まった後,ピアノが派手に動き回り,スケルツォ風の動きのある第1主題を華麗に演奏します。一息入れたあと,落ち着いた気分になりオーボエとヴィオラがユニゾンで甘い第2主題を呈示します。これは,いろいろな映画音楽などでよく使われているおなじみの名旋律です。半音階の音の動きを含んでいるせいか,どこか東洋風の雰囲気もあります。これをピアノが引き継いでいきます。

その後,激しい部分と甘い主題とが交替しながら自由に進んで行きます。途中,対位法的な展開も見せながら次第に緊迫感を増していきます。楽章後半は第2主題が中心となります。弦楽器のカンタービレでこのメロディがさらに甘くたっぷりと歌われて行きます。シンバルの弱音などを含むひっそりとした部分の後,曲は最後の盛り上がりに入っていきます。ピアノの華麗なパッセージの後,一瞬休符が入ります。その直後,全エネルギーを開放するかのように第2主題が全オーケストラでスケール感たっぷりに歌われます。ここではピアノは華麗なオブリガートをつけています。

その後,急速な動きのある部分になり,終結部へと向かいます。締めの部分は,シンバルの音を含む「三三七拍子」のような弾むような感じになります。オーケストラが力強く「ジャンジャカジャン」と鳴らして終わりるのはラフマニノフの曲の終わり方の常套句です。(2005/05/07)