ラヴェル Ravel

■ボレロ
Bolero

20世紀前半以降のクラシック音楽は,一種の混迷の時代の中にあります(20世紀のクラシック音楽という言葉自体”矛盾”なのですが)。バロック〜古典派〜ロマン派と流れて来た伝統的な西洋の音楽が行き着く所まで行き着き,どうやったら新しい機軸を打ち出せるだろう,というアイデア合戦のような様相を呈しています。難解なものほど価値があるといった風潮も出てきたりもしたのですが,そういう風潮をあざ笑うかのような名曲がこの「ボレロ」です。非常に斬新なアイデアを持った作品でありながら,全く難解な所のない作品で,「破綻無く演奏すれば必ず盛り上がる曲(ただしプロでないとなかなか破綻なく演奏できない曲でしょう)」となっています。

この斬新なアイデアというのは,「コロンブスの卵」的な発想です。「リズムは一定,音量は漸増(クレッシェンド),音色は多彩に変化させる」というのがこの曲の基本コンセプトです。西洋音楽の根本である,「主題の展開」というものを使わずに,ひたすら繰り返すだけで盛り上げるという構造は,原始的な音楽に先祖帰りしたような所もあります。音楽の根源的迫力を感じさせてくれる曲です。そういう点で,ストラヴィンスキーの「春の祭典」と並ぶ20世紀を代表する音楽と言えます。

その演奏効果があまりにも絶大だったため,その後,映画音楽など様々なジャンルの音楽にも影響を与えています(黒澤明の「羅生門」,テレビ時代劇「水戸黄門」のテーマも?)。同じアイデアを使うとすぐに「ボレロのパクリ」などと言われてしまいます。それだけ分かりやすい個性を持った曲と言えます。

このボレロは,もともとはバレエ音楽です。女性舞踏家イダ・ルビンシュテインの依頼で作曲し,その後,ニジンスカ,ドーリン,リファールなど多くの振付家によっても振り付けがされています。中でいちばん有名なものはモーリス・ベジャールによるものです。このジョルジュ・ドンを主役とした振り付けはクロード・ルルーシュ監督の映画「愛と哀しみのボレロ」などでも見ることができます。

このようにバレエとして上演されることも多いのですが,やはり,現在では単独のオーケストラ曲として演奏されることの方が多くなっています。曲の構造は次のような単純なものです。

スペインの民族舞踏「ボレロ」の基本リズムが小太鼓によって最初から最後まで繰り返されます。この「タンタタタ,タンタタタ,タンタン|タンタタタ,タンタタタ,タタタタタタ」という2小節からなる3拍子の基本リズムは169回も繰り返されます。ただし,曲の最後の2小節だけはこのリズムが崩れます。

テンポは一定ですので,テンポを小太鼓にお任せすれば,本番では指揮者なしでも演奏できる曲ともいえます。実際,テレビの放送で”指揮をしない指揮”を見たことがあります。バレンボイム指揮パリ管弦楽団だったと思います。基本テンポを指示した後,最後の締めくくりまで何もしないという大胆な”指揮”でした。時々,途中でギアチェンジをするようにテンポを上げる指揮者もありますが,そういう演奏を聞くと「おや」と感じでかなり目立ちます。

このリズムの上に,16小節ずつがペアとなったハ長調の主題が演奏されます。この主題は,シンプルさと同時にエキゾティックな気分を感じさせてくれます。

この主題が「オーケストラの楽器のデモンストレーション」のようにソロ楽器を次々と変えて繰り返し演奏されます。いつばん最初,フルートで演奏された後,クラリネット,ファゴット...と木管楽器を主体に主題が受け渡されていきます。その後,オーボエ・ダモーレ,サクソフォーンなど古い楽器やら新しい楽器やらいろいろな楽器が入ってきます。管楽器ソロではトロンボーンのソロが難所として知られています(ずっと以前,ベルリン・フィルの来日公演の生放送で”大失敗”が中継されたのを聞いたことがあります。それ以来,私は,このトロンボーンソロの部分を聞くとドキドキします)。

非常に凝った楽器の組み合わせをしている部分があるのも特徴的です。例えば次のようなものです。
・弱音器付きトランペットとフルートを重ねる
・ホルンとチェレスタによるハ長調の主題の上にト長調とホ長調の2本のピッコロを重ねて,オルガン的な効果を狙う(下手すると調子っぱずれに聞こえます)

途中まで,弦楽器は合いの手を入れるようにピツィカートだけで参加していますが,終盤になると弦楽合奏が”待ってました”という感じでゴージャスに加わってきます(この部分はテレビのCMなどでもよく使われている部分です)。その後,全楽器による演奏となって堂々と進んで行きます。終結部では半音階的に下降する音型と各種打楽器の荒々しい音とが絡み合い,いままで積み上げてきたものが一気に崩れ落ちるかように全曲が終わります。(2004/11/23)