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レスピーギ Respighi
交響詩「ローマの松」 Rini di Roma

「もっとも大きな音の出るオーケストラ曲は?」という質問があった場合,その答の第1候補に上げられるのが,レスピーギの「ローマ3部作」の中の一つ「ローマの松」ではないでしょうか。

この曲は,1917年に作られた「3部作」第1作「ローマの噴水」の後,1924年に作曲されています。「噴水」の方が夜明けから日没に至る時間の推移を取り入れた印象主義風の構成になっているのに対し,「松」は,作曲者自身,次のように書いているとおり,「松」を素材として,古代ローマの歴史を幻想的に描いています。

「記憶と幻想を呼び起こすための出発点として自然を用いた。きわめて特徴的をおびてローマの風景を支配している何世紀にもわたる樹木は,ローマでの生活での主要な事件の証人となっている」

映画音楽的と言っても良い,師匠のリムスキー=コルサコフ譲りの原色的なオーケストレーション,ドビュッシーの影響に加え,グレゴリオ聖歌の引用,舞台裏の別働隊が演奏するブッキーナ(古代ローマで用いられていた金管楽器),鳥の声を吹き込んだ録音の使用など,いろいろと新機軸を盛り込んでいるのも特徴です。

金管楽器が大活躍する作品ということで,第4部「アッピア街道の松」などは,吹奏楽用にアレンジされて,コンクールの定番曲としてすっかり定着しています。

曲は4つの部分から成っていますが,連続的に演奏されます。

楽器編成: フルート3(ピッコロ持ち替え),オーボエ2,イングリッシュ・ホルン,クラリネット2,バス・クラリネット,ファゴット2,コントラ・ファゴット,ホルン4,トランペット3,トロンボーン4,テューバ,ティンパニ,トライアングル,小シンバル2,タンブリン,クレセル,大太鼓,タムタム,鉄琴,チェレスタ,ハープ,ピアノ,オルガン,弦五部,ナイチンゲールの録音,舞台裏のブッキーナ(昔のラッパ=ビューグル2,テナー・サクソルン2,小バス2)


第1部 ボルゲーゼ荘の松 I Pini di Villa Borghese
16世紀にローマの中央に作られたボルゲーゼ荘の庭園で行進や戦争ごっこに興じる子供たちの様子を描いています。

冒頭,非常に鮮烈に始まります。急速な分散和音とトリルとハープのグリッサンドが交錯し,途中からはフルート,ヴァイオリン,ヴィオラがトレモロを繰り広げ,その上にホルンなどが明るく朗らかな主題を演奏する音の饗宴といった趣きになります。この喧噪はしばらく続きます。子供たちが遊ぶ機関銃の音を描写するクレセル(ラチェット)が入るなど,独特のサウンドを作り出しています。

曲のスピードが上がり一息ついた後,オーボエとクラリネットが軽妙なリズムを持った新しいメロディを演奏します。その後,打楽器の活躍が始まり,新しいメロディによる大きなクライマックスを築きます。ピアノの下行グリッサンドを加えて興奮を高め,その頂点を築いた後,いきなり静かになり,そのまま第2部に続きます。

第2部 カタコンブ付近の松 I Pini Presso una Catacomba
キリスト教が迫害されていた時代,信者たちは地下の墓所(カタコンブ)で礼拝を行っていました。この部分では,その信者たちによる聖歌の響きを神秘的に描いています。

テンポは第1部から一転して,レントになります。弱音器を付けた低音弦が静かなメロディを出した後,ホルンがグレゴリオ聖歌の断片を演奏し,木管楽器と低音弦が静かなメロディを繰り返します。この聖歌は「Cum Jubilo」というものですが,14世紀に作られたということもあり,純然たる教会旋法ではなく,長音階に拠っているものです。そのために曲に取り込みやすかったのだろうと作曲家の柴田南雄氏は指摘しています。

その後,弦楽器によって静かに演奏される美しいメロディの上に舞台裏から賛歌風のメロディが聞こえてきます。

低音弦と木管楽器によって,信者の祈り声を暗示するような同音反復が続く音形が出てきた後,ファゴット,トロンボーンなどが絡まり,高潮して行きます。さらに,先に出てきたメロディが対位法的に絡み合い,大きなクライマックスを築きます。その後,神秘的な和音を伴って静かになり,第3部につながります。

第3部 ジャニコロの松 I Pini del Gianicolo
ヴァチカンに近い丘陵にある松が月に照らされている様子を表情豊かに描きだした曲です。後半ではナイチンゲールの鳴き声も聞こえてきます。

カデンツァ風のピアノ独奏の後,クラリネットが表情豊かにセンチメンタルな味を持ったメロディをデリケートな弱音で演奏します。伴奏の弦楽器は弱音器をつけており,「魅惑のローマの夜景」といった気分になります。次第に音の厚みが増していった後,今度はオーボエが新しい官能的なメロディを演奏します。

これをチェロが受け,ヴァイオリンが大きく演奏してムードがさらにロマンティックに高まって行きます。各楽器が先に出てきたメロディを再現するように演奏していった後,ピアノのカデンツァがもう一度出て,クラリネットのソロが演奏されます。この部分で,録音によるナイチンゲールの鳴き声が加えられます。幻想的な気分を残して,静かに第4部に続きます。

第4部 アッピア街道の松 I Pini della Via Appia
かつてのローマの幹線道路「アッピア街道」沿いに立つ松の視点を通じて,朝もやの中から在りし日のローマ軍が姿を現し,堂々と行進していく様子を描いています。ローマ帝国の繁栄を示す「すべての道はローマに続く」という言葉を壮麗に描いたような,全曲のクライマックスです。

この部分の冒頭,不気味な低音の音の動きで始まります。チェロの最低音を半音下げる変則調弦の指定があったり,金管楽器の低音部にテューバの代わりにトロンボーンを用いるなど,低音域に対するレスピーギのこだわりを感じさせる部分です。

第4部は,テンポ・ディ・マルチアということで,足音を示すようなティンパニ,ピアノ,低音弦による正確なリズムが一貫して続きます。その上に,クラリネットが進軍を暗示するメロディの断片を演奏します,続いてイングリッシュ・ホルンが寂しげな懐古的なメロディを演奏します。

足音リズムの方は隊列が近づいていることを示すように徐々に大きくなり,ホルンとファゴットに進軍のメロディが出てきます。舞台裏からはラッパのファンフーレが響いてきます。その進軍の旋律がさらに音量を増し,曲はさらに大きなクライマックスを築きます。トランペットとトロンボーンが大活躍し,最後の部分で進軍をメロディを高らかに演奏して,力強く締められます。

この部分では,古代ローマで信号ラッパとして用いられたブッキーナという楽器やイタリアの軍楽隊で使われてきたフリコルノ(ソプラノ2,テノール2,バス2)といった楽器による別働隊(バンダ)の使用が指定されています。通常は,トランペットとトロンボーンをあてることが多いのですが,ビューグル,ユーフォニウムなどサクソルン属の楽器を用いるようなケースもあるなど,指揮者の裁量によって雰囲気が変わる部分となっています。

(参考)
最新名曲解説全集6. 管弦楽曲III.音楽之友社,1980
特集「究極のオーケストラ超名曲徹底解剖5」 満津岡信育氏による記事.レコード芸術**年**月号
(2013/02/03)