リムスキー=コルサコフ Rimsky-Korsakov
■交響組曲「シェエラザード」op.35

”ロシア5人組”の中で最も若く,中心的存在だったリムスキー=コルサコフがその絶頂期に書いたロシアのオーケストラ作品の中でもっともポピュラーの名曲の一つです。彼は,「近代管弦楽法の父」と呼ばれていますが,「その看板に偽りなし」ということを証明する作品です。現在では,ムソルグスキー(ラヴェル編曲)の「展覧会の絵」,ホルストの「惑星」などと並ぶ「オーケストラ作品の入門曲」的としての地位を確立しています。

この曲のタイトルとなっている「シェエラザード」は,アラビア文学を代表する説話文学「千夜一夜物語(アラビアン・ナイト)」に出てくるヒロインの女性の名前です。文字通り,”1001夜”に渡って語り続けられることになる物語の”枕”となるのがこのシェエラザードのお話です。

その最初の話は,「シャリアール王と弟シャーザマン王」という物語です。
妻の不倫を目撃して女性不審となったシャリアール王は,毎晩,若い女性を寝床に迎えては翌朝にその首をはねてしまうという暴君になってしまいました。この恐るべき状態が続く中,シェラザードという才色兼備の女性が,シャリアール王の下を自ら訪れます。シェエラザードは,妹のドルニアザードと打ち合わせたとおり,シャリアール王に毎晩毎晩面白い話を聞かせます。王は次第に興味を示すようになり,シェエラザードは,首をはねられることなく,それから千一夜に渡って話を続けることになります。そのうちにシャリアール王の女性観も一変し,シェエラザードを正式な王妃に迎え,以前にまさる名君として国を統治するようになりました。
というお話です。

この曲は,シェエラザードが語った物語のストーリーを忠実に追ったものではありませんが,聞き手の方に”世にも不思議な物語”といったイメージを鮮やかに感じさせてくれます。リムスキー=コルサコフ自身,4つの楽章について,「特に標題はない」と言ってはいるものの,彼が初演の指揮を行った時には,次のような具体的なイメージで説明したと言われています。

このとおり,この曲は,独立した4曲から成る「組曲」ではあるのですが,全曲を通じて,荒々しさのあるシャリアール王の主題と,優しさあふれるシェエラザードの主題が,いろいろと展開され,何回も何回も絡み合うように出てきます。このことによって,「交響組曲」という呼び名に相応しい,交響曲的なまとまりの良さが作り出されています。第3楽章の主要主題をはじめとして,エキゾティックなメロディの美しさに溢れているのも魅力の一つです。独奏ヴァイオリンが協奏曲のように活躍する部分もあり,数あるオーケストラ作品の中でも最も華やかで豪華で人気の高い作品の一つとなっています。

この曲の編成ですが,意外に大きくありません(打楽器は沢山使われていますが)。通常のロマン派の曲と同様の2管編成で書かれています。この辺にも,リムスキー=コルサコフの楽器使用法の巧さが表れています。

第1楽章 海のシンドバッドの船
ラルゴ・エ・マエストーソの堂々たる序奏の後,アレグロ・ノン・トロッポの主部が続きます。

序奏部は,全曲の”固定楽想”となるシャリアール王のテーマで始まります。このテーマは,トロンボーンのユニゾンの響きが中心となって演奏されます。大変,力強く威嚇するような性格を持っています。これが一息ついた後,木管楽器群による静かな和音が入ります。こちらの方は,メンデルスゾーンの「夏の夜の夢」の序曲の冒頭を思わせるような,「むかしむかし...」といった気分を持っています。R.シュトラウスの交響詩「ティルオイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」も,静かに「むかしむかし」と語りかけるようなフレーズで始まりますが,「物語」を題材とした描写的な曲の始まりと終わりの部分にこういうフレーズを入れて額縁のような構造を作るのは,一種定番的な作曲法と言えます(音楽評論家の金子健志さんは,こういうフレーズのことを「音による表紙」と言っています。最後にもう一度出てくるのは,「裏表紙」ということになります。)。

続いて,ハープの伴奏に乗って,優しくセンチメンタルに物語を語るような主題が独奏ヴァイオリンで演奏されます。こちらはシェエラザードのテーマで,レチタティーヴォのように歌われます。このヴァイオリン独奏は,まさに独奏で演奏されます。最後の方で高音までするすると登った後,主部となってオーケストラがスルスルと入ってきますので,音程が狂うと大変目だってしまいます。その点でも大変プレッシャーのかかる部分です。

この2つの主題が,ベルリオーズの幻想交響曲で使われていた「固定楽想」と同じような感じで曲の終わりまで,何度も何度も,絡まり合い,変奏されながら繰り返し登場してきます。

主部に入り,「シンドバッド」の話が始まります。オーケストラの伴奏は,波の動きを思わせるような大らかな雰囲気に変わります。コントラバスの上に,チェロが分散和音の動きを続けるたっぷりとした響きは”まさに大海”といった気分です。この手法は,NHK大河ドラマ,ハリウッド映画でもよく使われています。リムスキー=コルサコフは,青年時代に海軍士官として約4年間艦隊に勤務したことがありますが,その時に得たインスピレーションが反映されていると言えます。

この伴奏に乗って,王の主題が何回も何回も繰り返されます。これはシェエラザードの語ろうとする物語を中断させようとする王の気の短さを表しています。これが一息つくと,木管楽器群に船が波を掻き分けているようなメロディが出てきます。ホルンに王の主題が出た後,フルートがシンドバッドの冒険心を表すメロディを演奏します。独奏ヴァイオリンがシェエラザードの主題を演奏し,段々話は高揚していきます。

王の主題が中心となって,音楽は段々と高揚していき,大きなクライマックスを作った後,音楽は一旦静かになります。その後,先ほど木管楽器に出てきた揺れ動くような主題が弦楽器で演奏され,シンドバッドの主題も静かに演奏されます。この2つの主題にシェエラザードの主題が絡み,また音楽は力を増していきます。再度,王の主題が大きく出た後,音楽は静まります。シェエラザードの主題と木管楽器の主題が組み合わさって,波のリズムと共に静かに結ばれます。

第2楽章 カレンダー王子の物語
前の楽章から続いて,ヴァイオリン独奏によるシェエラザードの主題で始まります。これがカデンツァ風に演奏された後,ファゴットによってユーモラスが主題が演奏されます。この部分は,「語りかけるように,カプリチョーソで」と譜面に書かれているとおりとぼけた味を持っていますが,どこか哀愁も含んでいます。なお,このメロディですが,グループサウンズの代表ザ・タイガースが歌った「モナリザの微笑」という曲に良く似ていると言われています。

中間部はアレグロ・モルトとなり,表情が一変します。金管楽器に粗暴な感じのする新しいメロディが出てきます。これは,シェエラザードの物語を中断する王の怒りの声のように聞こえます。クラリネットのソロなど,いろいろな楽器によって,この主題が展開されて行きます。打楽器や金管楽器を交えて,力強さを増して行った後,ファゴットのたどたどしい音の動きが出てきて,最初の部分が戻ってきます。この部分は,最初よりもさらに華やかになっています。

華麗なハープの音が出てきた後,一旦音楽は静かになりますが,再度力を増し,激しい音の中で楽章は結ばれます。

ちなみに,「カレンダー」というのは,諸国を行脚する遍歴僧のことです。「千夜一夜物語」の中には,遍歴僧の話が沢山ありますので,どの話が該当するのかは分かりません。

第3楽章 若い王子と王女
このタイトルに出てくる「王子と王女」についても,どの王子と王女なのか判然としませんが,曲中に出てくる2つの主題がとてもよく似ているので,双生児のようなカマール・アル・ザマン(新月)王子とブドゥール(満月)王女の恋物語ではないかと推測されています。

曲は弦楽器だけによる滑らかなメロディで始まります。このメロディは,ちょっとエキゾティックで官能的な響きを持っています。この曲の中でも特に愛されているメロディです。合いの手に加わるクラリネットやフルートの音の動きもとてもエキゾティックです。このメロディに次第にいろいろな楽器が加わっていき,段々と楽しそうな情景になっていきます。

中間部は,さらに明るい気分になります。特徴のある小太鼓のリズムに乗って,クラリネットが,快活なメロディを演奏します。このメロディにも少しオリエンタルなムードがあり,大変魅力的です。小太鼓以外の打楽器も加わり,さらにエキゾティックなムードを作ります。

その後,最初のメロディが戻ってきます。シェエラザードの主題が絡んだ後,大きく盛り上がりを見せます,これをホルンがのどかな音で受けるます。その後,中間部のメロディが再度出てきますが,これは長くは続かず,最後は木管楽器が,シェエラザードの主題をほのめかすようにユーモラスに演奏して終わります。

第4楽章 バグダッドの祭り。海。船は青銅の騎士のある岩で難破。終曲
このタイトルに出てくる「青銅の騎士の物語」は,「シンンドバッド」同様に有名なものです。この物語は,第9夜から第18夜まで続くもので,「荷担ぎ人足と乙女たちの物語」」に出てくる話です。航海する船が青銅の騎士像の立っている大きな岩に近づくと,ことごとく吸い寄せられて難破する,という物語です。

この楽章には,これまでの3つの楽章に出てきたメロディが再現し,「総決算」のような楽章となっています。まず,決然とした王の主題で始まります。第1曲の雰囲気が戻ってきたような感じになります。これを独奏ヴァイオリンによるシェエラザードの主題が受けます。王の主題が気短かな感じで再び出てきますが,それに笑いながら答えるように再度,シェエラザードの主題が受けて立ちます。

その後,ヴィーヴォの「バグダッドの祭り」の部分になります。タランテラのような,生き生きとしたリズムが延々と続く華やかな部分です。フルート,ヴァイオリンと続いた後,トランペットに歯切れの良い音型が出てきます。この部分の管楽器のタンギングは聞き物です。演奏する方は大変で,シングル・タンギング,ダブル・タンギングに加え,トリプル・タンギングが要求され,めまぐるしい効果を上げています。管楽器の名手だったリムスキー=コルサコフならではの楽器使用法です。

しばらくすると第3楽章の中間部の音楽が出てきます。これにシェエラザードの主題も絡んできて,さらに華やかさを増して盛り上がりを築きます。オーケストラの各楽器の名人芸の饗宴のような雰囲気になります。最初のタランテラ風の主題が再度出てきて,管楽器によるタンギングの部分が続きます。第3楽章中間部の主題が出た後,さらに音楽は熱狂を続けます。

そのうち,トロンボーンに王の主題が再現してきます。第1楽章の海の情景に戻りますが,ここでは平穏な海では,すさまじい嵐となっています。この嵐の描写も大変効果的です。最後には,船は岩にぶつかり壮絶に難破してしまいます。第2楽章の中間部の警告をするような主題が大きく再現した後,潮が引くように音楽は静まり,第1楽章に出てきた穏やかに波に揺れるようなメロディとなります。

その後,独奏ヴァイオリンがシェエラザードの主題を演奏します。ヴァイオリンがフラジオレットで音をのばす一方,低弦では王の主題を演奏します。最後はこの2つが和解を示したかのように穏やかな気分となり,静かに全曲が終わります。

(参考文献)
管楽器の名曲・名盤(200CD).立風書房,1997
オーケストラの秘密(200CD).立風書房,1999
オーケストラこだわりの聴き方(200CD).立風書房,2004
(2006/04/26)