ロッシーニ Rossini

■歌劇「ウィリアム・テル」序曲 Guillaume Tell

シラー原作によるロッシーニの最後の歌劇(といっても彼が37歳の時の作品なのですが)の序曲です。この歌劇は,スイスの独立運動を描いた4幕5場からなる大作ということもあり,序曲もそれに相応しい規模を持っています。オペラ自体は全曲が演奏される機会は少ないのですが,序曲は大変有名で,CD録音も数多くあります。

ちなみに,この「ウィリアム・テル」というタイトルなのですが,何故か日本では昔から英語読みの「ウィリアム」で知られています。フランス語またはイタリア語で歌われる歌劇ですので,本来は「ギョーム・テル」または「グリエルモ・テル」というのが正しいようです。シラーの原作の戯曲はドイツ語ですので「ウィルヘルム・テル」ということになります。

この序曲は,通常のロッシーニの序曲のパターンと違い,「夜明け」「嵐」「静寂」「スイス軍の行進」という4つの部分から成っています。ドラマ全体をコンパクトにまとめたような曲想は,交響詩を思わせるような起伏に富んでいます。標題音楽のような分かりやすさを持っていることもあり,世界中で愛聴され続けている名曲となっています。

第1部「夜明け」は,チェロ独奏による,静かだけれども品格のある響きで始まります。その後もチェロ五重奏を中心に,何かが起こる直前のような雰囲気を出しています。文字通り,「嵐の前の静けさ」ということで,ここでは,オーケストラの大部分の楽器は沈黙しています。

第2部はテンポがアレグロになり,ざわざわとした気分になります。最初,弦楽器で嵐の到来を示す「疾風」が描写された後,全楽器によって「暴風雨」が表現されます。この嵐が収まった後,ティンパニの遠雷が残り,フルートの静かな独奏で次の部分に移っていきます。この「嵐」は,圧政を覆そうと雰囲気した志士たちの愛国心の象徴とも考えられます。

第3部はアンダンテになり,平和な牧歌になります。この辺の推移はベートーヴェンの「田園」交響曲の第4〜5楽章と少し似た気分があります。この牧歌はイングリッシュホルンによってのどかに演奏されます。このメロディに寄り添うようにしてフルートが装飾的なオブリガードを付けます。

このイングリッシュホルンのメロディですが,「うがい」をしながら歌った後,最後にゴクっと飲み込んでしまうという古典的なギャグでもよく知られています。スパイク・ジョーンズの演奏などがその代表です。美しい自然の中で「うがい」をするというのも,考えようによっては大変牧歌的な光景です。

第4部ではスイスに平和をもたらした国軍の行進と民衆の歓喜が描かれます。大変景気の良い,トランペットのファンファーレに続き,運動会でお馴染みの軽やかな音の刻みを持った行進曲が始まります。中間部では木管楽器が中心となって楽しげな気分を盛り上げます。最後に行進曲が戻った後,興奮を煽るかのようなコーダとなり,歓喜の中で全曲が結ばれます。多くの人は,このコーダの部分の盛り上がりを聞くたびに,昔ながらのリレーや徒競走のゴール直前の雰囲気を思い出すことでしょう。最もよく親しまれているクラシック音楽の一つです。(2005/09/03)