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サン=サーンス Saint-Saens
ヴァイオリン協奏曲第3番ロ短調op.61
サン=サーンスは,ヴァイオリン協奏曲を3曲書いていますが,その中で通常演奏されるのは,この第3番のみです。両端楽章での絢爛たる音の輝き,第2楽章でのシンプルでエレガントな響きなど,3つの楽章のそれぞれが個性的で変化に富み,聴衆だけでなく,演奏者も幸福にしてくれるような人気作品となっています。曲の冒頭部分をはじめ,時折,深刻そうなそぶりは見せますが,心地よく分かりやすいメロディにあふれているので,聞いていて疲れることがありません。

そういうこともあり,サン=サーンスの作品については,「深みがない」などと言われることがありますが,華々しい名人技や甘さをバランス良く盛り込んだ分かりやすさは,ある意味,ロマン派の協奏曲の最良の典型といっても良いのではないかと思います。その分かりやすさが,ラテン的な粋な気分と結びついているのも魅力的です。あらゆる面で,完成度が高く,曲の面白さ,美しさがすっと耳に入ってくるような,文句のつけようのない見事な作品です。

曲は1880年に作曲され,サラサーテに献呈されています。

編成:独奏ヴァイオリン,フルート2(ピッコロ持ち替え),オーボエ2,クラリネット2,ファゴット2,ホルン2,トランペット2,トロンボーン3,ティンパニ,弦五部

第1楽章 アレグロ・ノン・トロッポ,変則的なソナタ形式
弦楽器の暗いトレモロの後,物語の主人公が登場するように独奏ヴァイオリンが低音(G線)で力強く入ってきます。ドラマティックで格好の良いフレーズが続き,聞き手を一気にとらえます。オーケストラも加わり,華やかさを増して行きます。その後,次第に緊張が解け,甘さと明るさが混ざったような雰囲気になります。ヴァイオリンの高音のエレガントな優しさが大変魅力的な部分です。

最初の暗い主題が再現し,華やかな技巧を交えながら展開されて行きます。ここでも次第に柔らかさを増し,ロマンティックな気分が高まった後,繊細な響きに落ち着きます。基本的にこの楽章は,冒頭の暗い主題と慰めるようなエレガントな主題が交替しながら進んでいきます。最後は,ヴァイオリンが華やかな技巧を見せた後,短調のままきっぱりと締めくくられます。

第2楽章 アンダンティーノ・クワジ・アレグレット 三部形式とソナタ形式を融合させた形式
サン=サーンスの作品の中でももっとも美しい,全曲の白眉と言って良い楽章です。全編舟歌を思わせる甘くエレガントな叙情性にあふれています。ヴァイオリンがオーケストラの伴奏の上で,しっとりと演奏するメロディは非常に美しく,一度聞けば覚えてしまうようなシンプルなものです。あまりにもシンプルなので,優しいおとぎ話を聞くような懐かしさも感じられます。このメロディに対して,オーボエやフルートなどがエコーのように合いの手を入れるのもとても効果的です。

時折,翳りのある表情を見せながら,舟歌風の快適な気分が続いた後,楽章の最後の部分で聞き所が登場します。全体の音量が小さくなりデリケートな気分に包まれた後,ヴァイオリンがクラリネットとユニゾンで重なってアルペジオを演奏します。ヴァイオリンは,フラジオレットという技法を使って演奏しているため,「この音は一体何の楽器の音だろう?」と不思議なムードになります。ヴァイオリンのフラジオレットの音自体,ピーという笛のような音にも聞こえるので,管楽器の重奏のようにも聞こえる部分です。この部分の独創性は,同時代のドイツ音楽にない,洒落れた感覚です。

第3楽章 モルト・モデラート・エ・マエストーソ − アレグロ・ノン・トロッポ 強烈な序奏と自由なロンド形式による主部からなるフィナーレ
バッハの無伴奏曲のような重苦しい雰囲気の序奏で始まった後,ロンド形式の主部が導かれます。サン=サーンス作曲の「ロンド」と言えば,序奏とロンド・カプリチオーソを思い浮かべる人も多いと思いますが,闊達で多彩な表情を持った楽想には共通する雰囲気があります。

ヴァイオリンで奏される飛び跳ねるようなロンド主題が、その後何度も繰り返されますが,その間にオペラのアリア風の歌うような主題が出てきたり,技巧的なパッセージが出てきたり,非常に変化に富んだ部分となっています。中間部には,コラール風の穏やかな主題が出てきます。この部分のやさしい響きには天国的な気分があり,とても印象的です。

序奏部の主題が再現された後,さらにロンド主題も再現されます。最後は,コラール主題が堂々と演奏され,晴れ晴れとした開放感に包まれます。独奏ヴァイオリンの技巧的なパッセージを加え,さらに華やかな盛り上がりを作って,全曲が締めくくられます。いかにもグランドマナーな感じのする,絢爛豪華な感じのする楽章です。
(2009/02/21)