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シューベルト Schubert
アルペジョーネ・ソナタイ短調,D.821
Sonate fur Arpeggione und Klavier

アルペジョーネ(Arpeggione)という楽器は1823年にウィーンの楽器製作者ヨハン・ゲオルク・シュタウファーが考案した6弦のフレットを持つ,ギターとチェロを合体させたような擦弦楽器です。この曲は,その翌年の1824年に作曲されています。このアルペジョーネという楽器は,現在では廃れてしまいましたので,チェロで代用して演奏されることが通例となっています(はじめからチェロで弾かれることを想定していたという説もあるとのことです。)。

6弦の楽器のための曲を4弦のチェロで弾くということで,技巧的に無理が生じている部分もあり,そのため大変な名技性が求められますが,歌うようなメロディが溢れ返っている非常に美しい曲として親しまれています。そして,そのメロディの美しさ故に,チェロ以外でのフルート,ヴィオラなどでも演奏されることがあります(コントラバスによる演奏というのも聞いたこともあります。)。ちなみに以前,復元されアルペジョーネによる録音の演奏というものを聞いたことがありますが...,やはり,今となっては,定番のチェロによる演奏の美しさには敵わないようです。

この曲があったお陰で,アルぺジョーネという楽器の名前も残ったという変わったタイプの名曲ということができます。

第1楽章 アレグロ・モデラート,イ短調,4/4,ソナタ形式
シンプルだけれども溜息を付くような雰囲気を持ったピアノによる前奏に続いて,チェロが優雅で哀愁を帯びた第1主題を演奏します(以下,独奏楽器をチェロに想定して記述します)。この部分からシューベルトらしさ全開ですが,それを受けて高音で出てくる切ないフレーズなども,絶品です。

第2主題は,まず,ちょっと気分を変えて吹っ切ろう,という感じの大きく上下に動くようなメロディで始まります。その後,「タラララ,タラララ,タラララ...」という細かい動きを持った,これまたシューベルトらしい部分になります。第2主題の方がいくらか明るいのですが,やはりほの暗い気分を漂わせています。非常にセンチメンタルで甘い気分の漂う呈示部です。

この呈示部の繰り返しが行われた後,展開部になります。第1主題がヘ長調で扱われた後,第2主題の細かい音の動きが出てきます。「タラララ,タラララ...」の音型がいろいろと転調されて続くうちに次第に緊迫感を増し,両楽器の掛け合いによるクライマックスとなります。が中心に扱われます。ここでは呈示部の時とは違い明るい表情を見せます。一息ついて,落ち着いたムードになった後,チェロがカデンツァ風の動きを見せ,再現部に入っていきます。

再現部はほぼ型どおりですが,さらに規模が拡大されています。第2主題は短調ではなく,イ長調で再現され,展開部的な性格も持っています。全般にチェロの音域が高くなっていますので,さらに気分が高揚したような感じになります。その熱い気分を少しクールダウンするようなコーダが続いた後,決然とした2つの和音で楽章が結ばれます。

第2楽章 アダージョ,ホ長調,自由な3部形式
3部形式ということですが,自由な変奏曲的な性格も持っている楽章です。とにかく歌に満ちた楽章です。チェロがこの上なく美しく,あこがれを胸に秘めたようなメロディを弱音で歌い始めます(このメロディは,山田耕筰の「この道」のメロディと大変良く似ています)。ピアノの方もリートを思わせるような書法で書かれており,チェロを絶妙に盛り立てます。

楽章の後半は,より自由な和声感覚で構築されて行きます。長調と短調の間を行き来するような幻想的でロマンティックな気分が漂います。楽章の最後の部分は完全に終止せず,チェロがカデンツァ風のフレーズを演奏した後,そのまま続けて,第3楽章に入っていきます。

第3楽章 アレグレット,イ長調,ディヴェルティメント風の性格を持つロンド
まず,チェロが甘く滑らかな主題を歌い始めます(どこもかしこも甘いメロディですが)。この主題がロンド主題としてその後繰り返し出てきますが,付点音符が一貫して使われ,「ターラ,ラーラ,ラーラ,ラーラ...」という具合に続きますので,鼻歌で口ずさめるような調子の良さも持っています。この主題が繰り返された後,短調になり,激しくジグザグに音が動くようなラプソディックな部分になります。その後,半音階進行なども続き,シューベルトの曲の最終楽章によく出てくる「ハンガリー風」になります。

この部分の後,ロンド主題が再現してます。続いて,身振りの大きな新しいメロディが出てきます。チェロが朗々と華麗に技巧を聞かせてくれる部分です。楽器の持つ音域の広さを生かし,曲は軽快に進んでいきます。この部分の後半では,チェロがピツィカートによる伴奏音型を演奏し,久しぶりにピアノが活躍しますが,このチェロのピツィカートの部分もまた印象的です。その後,ハンガリー風の部分がイ短調で再現します

ロンド主題が冒頭と全く同じ形で出てきた後,ひっそりと沈んだような感じになり,悟ったような和音で静かに全曲が閉じられます。(2007/09/29)