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シューベルト Schubert
幻想曲ハ長調D.760(op.15)「さすらい人」

シューベルトは,21番まであるピアノ・ソナタ,即興曲,楽興の時といったピアノの名曲を沢山残しています。その中にあって,「さすらい人」幻想曲は,”異色”と言っても良い作品です。シューベルトは,「歌曲王」と呼ばれるとおり,口ずさめるようなメロディが次々と湧き上がってくるような作品を沢山書いていますが,この曲は,少ない素材を繰り返し使い,曲全体をがっちりとした構成でまとめています。シューベルトが尊敬していた,ベートーヴェンのソナタのようなタイプの作品と言えます。

ただし,全体は,4つの部分から成ってはいるものの,ソナタ形式の基本的な構成原理からは外れ,単一の楽章による大変奏曲といった,自在さやスケールの大きさもあります。そうなると,やはり「幻想曲」と呼ぶしかないないのかもしれません。いずれにしても,名作が次々と生まれた,初期ロマン派のピアノ曲の中でも,最高傑作の一つに数えられる作品です。

その魅力は,情緒と論理、感情と構造のバランスが見事に実現されている点にあります。シューベルトならではの流れるような叙情性もあれば,ベートーヴェン的な力強さもあります。それが終結部に向かって,生き生きと進んでいきます。

この曲の主題となっているメロディは,1816年,この曲に6年先行して作曲された歌曲「さすらい人」の一節に基づいています。そのため,「さすらい人」幻想曲と呼ばれています。このテーマは,第2部でいちばんはっきりと現れますが,第1部の冒頭部で既に,歌曲の伴奏部に出てくる「ターンタタ,ターンタタ」というリズムが鮮明に出ており,「循環主題」として曲をがっちりとまとめています。

第1部は,この力感溢れる「ターンタタ,ターンタタ」の和音の連打で印象的に始まります。このリズムは,ダクチュルク音型と呼ばれる,シューベルトの大好きなリズムで,他の曲にも良く出てきますが,この「さすらい人」幻想曲のこの部分では,特に強調されており,何度も何度も繰り返されます。

しばらくして,第2主題に当たるホ長調の部分になります。この部分も同じ動機を基にしていますので,対比的な感じはしませんが,冒頭部とは違い,柔らかさが強調されていますので,気分がガラリと変わった感じになります。

その後,展開部に当たる部分になり,第1主題を中心に展開されていきます。基本的に「ターンタタ,ターンタタ」のリズムが執拗に変奏していくもので,かなり長大なものです。自由に転調を繰り返していくのもシューベルトらしいところです。通常のソナタの第1楽章のように,再現部はなく,そのまま第2部に入っていきます。

第2部は,緩徐楽章に当たります。上述のとおり,歌曲「さすらい人」のメロディが嬰ハ短調で重苦しく呈示された後,次のとおり5回変奏されます。
  • 第1変奏 ホ長調で軽やかに演奏されます。
  • 第2変奏 嬰ハ短調。低音のトレモロの上に,主題の断片が出た後,次第に激しい気分になります。
  • 第3変奏 嬰ハ長調。左手のアルペジオの上に右手オクターブで美しく歌われます。即興曲を思わせるような部分です。後半は伴奏音型が3連符になります。
  • 第4変奏 第3変奏の右手オクターブが1本になった感じで始まった後,右手に64分音符の細かい下降する音階が出てきます。その後,重厚さを増し,一気にドラマティックになります。
  • 第5変奏 音量が落とされた後,左手に64分音符で伴奏音型が現れ,その後はこれまでの変奏を再現するように,嬰ハ短調,嬰ハ長調で主題が歌われます。調性が不安定なまま,第2部が終わります。

第3部は,スケルツォ楽章に当たる部分です。気分が一転し,前楽章では深刻だった「さすらい人」の主題が,おどけたように軽快に動き回ります。トリオに当たる部分では,軽快な舞曲風になり,いかにもシューベルトの本領発揮のメロディアスな歌を聞くことができます。最後の部分では,減7和音や半音階的進行が出てきて,さらに大きなドラマに向かうための前奏といった気分となり,そのまま第4部に流れ込みます。

第4部は,華麗なフィナーレです。シューベルトが書いた曲の中でも,特に力強い楽想を持った楽章です。(シューベルトらしからぬ?)厳格な対位法的な気分で始まった後,曲が進むにつれて,そこから段々と離れ,自由に飛翔していきます。第1部としっかりと呼応しており,ダクチュルク・リズムを繰り返しながら,曲の最後の部分のfffに向かって少しずつ上昇していく,強い意志の力とヴィルトージティを感じさせてくれる楽章となっています。
(2011/02/13)