シューベルト Schubert

■4つの即興曲op.90

シューベルトが最晩年に作った彼のピアノ曲の代表作です。非常に親しみやすい曲集でありながら,常に新鮮さを保ち,通俗的にならない作品です。ピアノ曲史に残る名作です。

シューベルトは,即興曲集を2セット作曲しています。もう一つは,作品142の4曲ですが,この作品90の方が後に書かれたと言われています。作品142の方は,4楽章からなるピアノ・ソナタのような感じですので,純粋にピアノ小品集的なのはこの作品90の4曲の方です。もともと4曲セットで出版する考えはなく,即興曲というタイトルもシューベルトが付けたものではないのですが,シューベルトの「歌」の魅力が非常によく出た曲集となっています。

ソナタのような形式の枠組みがしっかりしている作品よりは,この即興曲のような小品の方が,シューベルトは得意だと言われています。美しさと同時にどこかほの暗さのある曲想は,ロマン派時代に数多く書かれることになるのピアノ小品の先駆となりました。そういう意味でも大変重要な作品と言えます。

第1番ハ短調 アレグロ・モルト・モデラート,自由な変奏曲
フェルマータの付いたト短調のユニゾンの強打で曲は始まります。ただの「ソー」という音なのですが,すでに暗い表情を持っています。その後,右手だけで単音のメロディがひっそりとモノローグのように弾き始められ,なだらかに流れていきます。この寂しげな表情をもったメロディがこの曲の主題として,その後自由に変奏されていきます。甘美というよりは郷愁と切なさを誘うような変奏曲です。途中,3連符が続いたり,ソの音の連打が続いたり,と繰り返しの音型が目立ちます。時折,フッと長調に変わる部分も印象的です。沈み込むような気分に包まれている中で一瞬心を慰めてくれるように響きます。最後は静かに消え入るように終わります。

第2番変ホ長調 アレグロ,3部形式。
音階風の動きが華麗に動き回る魅惑的な音の美しさを持った曲です。「タララ,タララ...」という3連符が滑らかに息もつかせず続き,全体として大きな波を作るように発展していきます。この音の連続には,半音階的な音の動きも含んでいますので,聞いているうちにどこか切ない気分になってきます。この辺がシューベルトならではの魅力です。

中間部はロ短調となります。暗く力強い舞曲のような気分をもっており,流れるような主部と見事なコントラストを作っています。その後,主部が再現されます。最後,また中間部のメロディが出てきますが,すぐにコーダとなり,きっぱりと曲が結ばれます。

第3番変ト長調 アンダンテ,3部形式。
「シューベルト版無言歌」と言っても良いような歌に満ちた楽章です。流れるように続く分散和音の上で,シンプルだけれども,深い情感と清潔さとを兼ね備えた優雅なメロディがたっぷりと歌われます。「夕べの想い」といった祈りの気分も漂わせます。

中間部は変ホ短調となります。主部との性格の違いはあまりないのですが,低音部の音の動きがより活発になり,対旋律のような効果を出しているのが特徴です。主部が戻ってきた後,静かなコーダが付いて曲は終わります。

第4番変イ短調 アレグレット 3部形式
素早い分散和音のパッセージが非常に印象的なピアニスティックな曲です。曲は変イ短調の分散和音による哀愁を持った主題で始まります(楽譜の調号は変イ長調の書式になっていますが実際は短調です)。あまりに繊細なので悲しくなるような美しさを持っています。この分散和音が微妙に表情を変え,段々と長調になって行くグラデーションのような移り変わりが大変魅力的です。そのうちに,チェロが歌うような美しいメロディが低音部に出てきます。この美しさもまたシューベルトならではです。

中間部は暗い憂いに覆われます。和音の連打が次第に情熱的に高まっていきます。秘めていた情熱が表に出てくるようにクライマックスを築きますが,次第に穏やかな表情に戻り,主部の分散和音の連続に戻ります。主部が完全に再現された後,力強い和音で全曲が締められます。(2005/10/19)