シューベルト Schubert

■交響曲第7(8)番ト短調,D.759「未完成」

クラシック音楽の中には未完成の作品がかなりありますが,「未完成」といえば,シューベルトです。「みかんせい」という言葉の持つちょっとロマンティックな語感の良さが,この曲の持つ「未完成」でありながら完成されたような美しさにぴったり来ます。両腕のない「ミロのビーナス」が完成された美しさを持っているのと同様,この曲も2楽章だけで十分な完成度を持っています。

この曲がなぜ未完成で終わったかについては,いろいろな説がありますが,結局,よくわからないようです。音楽史上最大のミステリーの1つといえます。映画「未完成交響楽」では,シューベルトの恋愛と関連付けていますが,この曲の持つミステリアスな雰囲気と美しい抒情性は,そういう物語にふさわしいムードを持っていますので,意外に真実に近いのかもしれません。この映画にも登場するように,実際,第3楽章の一部は出来ているし,「完成版・未完成」などという録音もあるのですが,定着していないところをみると,やはりピッタリ来ないのでしょう。この曲は,1楽章,2楽章ともに3拍子ですが,その後にさらにスケルツォなどの舞曲系統の曲を続けるのは難しいのだと思います。「もしも完成していたら,ザ・グレート並みの長さになっていた?」という期待もありますが,この曲はやはり,2楽章構成がベストでしょう。「すごい1,2楽章が出来てしまった。これを受ける続きの楽章がどうしても書けない!」というのが私の説です。

なお,この曲は従来「第8番」と呼ばれていましたが,近年は,研究者の間で番号付けが変わったせいで,「第7番」と呼ばれることが増えています。しかし,あまりにも「第8番「未完成」」という呼び名が世界的に定着していますので,「第7(8)番「未完成」」という書き方が一般的になっています。カッコ書きをしておかないと「このプログラム印刷ミスですよ」と親切に(?)クレームを付けてくるお客さんが多いから,あらかじめ先手を打っているのではないか,と私はにらんでいます。それだけ,名曲として定着している曲なのです。

第1楽章
全体はソナタ形式ですが,その前に序奏が付いています。この序奏はコントラバスとチェロで出てきます。低音楽器がますます,深く落ち込んでいくような,意味深げで無気味なメロディです。このメロディは,楽章全体を統一するものとして,度々出て来ます。第1主題は弦楽器のさざめきのような音の上にオーボエで出て来ます。はかなげだけれども伸びやかに美しく歌われる印象的なメロディです。第2主題はチェロで出て来ます。これぞシューベルトという感じのロマンティックに流れる歌です。というわけで,この楽章はシューベルトならではの美しいメロディにあふれているのですが,全体としては,厳しい雰囲気にあふれているのがシューベルトの他の曲にない素晴らしさです。展開部では,冒頭の無気味な旋律が組み合せられながら劇的に盛り上がります。

なお,この楽章の最後の音は,従来は「デクレッシェンド」して,消え入るように終わっていましたが,近年は「アクセント」とみなして力強く終わるものが増えています。「アクセント」の記号は「>」なのですが,これが,横に引き伸ばされると「デクレッシェンド」になります。このどちらで演奏するかによって,楽章の結びの印象はかなり変わります。「未完成」になった理由といい,このアクセントの問題といい,シューベルトは大変人騒がせということになりますね。

(注)このシューベルトの「>」については,岩城宏之著「楽譜の風景」(岩波新書)に面白い記述がありますので,興味のある方はご覧になってみて下さい。

第2楽章
展開部のないソナタ形式で書かれています。この楽章は長調で書かれているのですが,楽章全体のイメージとしては,第1楽章と似た感じです。第1楽章冒頭に出てきた無気味なモチーフが,この楽章の中でも隠し味のように効いているからです。第1主題はホルン,ファゴットの和音に続いて,ヴァイオリンの高い音で浮世離れしたような感じで出て来ます。この時,コントラバスがピチカートで下降しているのも効果的です。第2楽章も歌にあふれ,さらに天国的な気分になります。弦楽器の繊細な音の動きの上にクラリネット,オーボエと受け継がれ,その後は,徐々にスケールアップし,陶然とした雰囲気になっていきます。ここまでの前半が,引き続いて再現されますが,調性や楽器の使用法は変化しています。楽章の最後のコーダは余韻を残しながら,静かに消え入るように終わります。やはり,この楽章より先は書けないし,必要ないでしょう。(2002/08/03)