シューマン Schumann

■謝肉祭op.9
Carnaval op.9

シューマンのピアノ曲でも特に演奏効果が高く,シューマン独自の詩的情緒にもあふれた代表作です。

シューマンはこの当時,彼のピアノの師フリードリヒ・ヴィークのもとで学んでいたエルネスティーネに好意を抱き,一時は結婚まで考えていました。シューマンは,彼女の出身地であるボヘミアのアシュ(Asch)という地名をA→イ,Es→変ホ,c→ハ,h→ロという音名にあてはめ,この動機をもとに作曲することを思いつきます(このAschは。シューマン(Schumann)のスペルにも共通します)。「謝肉祭」はこの4音をいたるところに散りばめた動機を中心に作られた,謎解き的な作品となっています。

ただし,エルネスティーネに対するシューマンの気持ちは醒めてしまい,結局,この曲は別の人物に献呈され,リストによって初演されています。

曲はそれぞれ標題の付けられた20曲から成っており,連続して演奏されます。標題にはシューマン独自の”ジャーゴン(専門用語)”を含んでいるものがいくつかあります。それらを「謝肉祭」というお祭のイメージの中に盛り込んだ独特の作品です。同じシューマンの「蝶々」と似た雰囲気はありますが,それがさらに拡大されています。曲中には,仮装舞踏会に登場するいろいろな人物が次々と登場してきます。それらの人物たちには,ロマン主義運動の主唱者シューマンの主張と闘争精神が込められています。最後にはシューマン自身が輝かしい勝利を手にする,というストーリーになっているのも,青年シューマンらしい積極性を感じさせてくれます。
# 曲名 内容
前口上 謝肉祭の開幕を告げるような,輝かしい和音の連続で始まります。続いて,一転してプレストの部分になり,次第に幻想曲風に高揚していきます。
ピエロ 性格俳優といった感じの道化師を描写した曲です。例の4つの音を組み込みながら,モデレートで淡々と進みますが,時々強いアクセントの下降音型が入るのが印象的です。
アルルカン アルルカンというのはイタリア古典喜劇コメディア・デル・アルテにおける道化役者の名前です。ちょっとぎこちないワルツのリズムに乗って進んでいきます。
優雅な円舞曲 アルルカンのワルツに比べるとより,滑らかで豊かな響きのするワルツです。タイトルはシューベルトの曲から取っているようです。
オイゼビウス シューマンの分身。瞑想的な詩人としての側面を描いています。7連音符のためらうような音の動きがその性格を表現しています。
フロレスタン シューマンのもう一つの分身。激情的行動者としての側面を描いています。シンコペーションの音に強いアクセントが来ることで,その情熱と気負いが表現されています。途中,シューマンの「蝶々」の中のメロディの断片が挟みこまれています。
コケット 跳ねるような軽妙な音の動きをもった曲。
応答 前曲「コケット」の動機に対する返事になっている曲。

この曲の後に「スフィンクス」と題された低音の4つの音(ASCH)からなる3つの音列が示されているが通常は演奏されません。
細かい音の動きを持った曲で,非常に急速なテンポで演奏されます。
10 踊る文字(ASCH-SCHA) こちらも前曲同様の急速なテンポで演奏されます。その名のとおりASCHの音が軽快に続きます。
11 キャリーナ キャリーナというのは,クララのイタリア風の読み方で,ダビッド同盟における彼女の呼び名です。この頃,シューマンはクララに対して恋人としての意識は持っていなかったようで,愛情を持ちながらもまだ距離感を持って描かれているようです。
12 ショパン シューマンは評論家として「ショパンは天才だ」と世間に紹介した最初の人物といわれていますが,この曲では,文章ではなく音でショパンを描いています。この曲では,ASCHの動機は使われておらずシューマン風ショパンといった感じの伸びやかな叙情性を感じさせる曲となっています。
13 エストレッラ シューマンが当時行為を抱いていたエルネスティーネの名前をもじったものです。その思いを示すかのように短い中に強い情熱が込められた曲となっています。
14 再会 シーズン中,仮面舞踏会は何回かあります。「またお会いしましたね」という軽妙な楽しさのある曲です。中間部は恋人の再会を思わせるような気分もあります。
15 パンタロンとコロンビーヌ 一組の道化役者の踊りです。中間部にはしんみりとした気分も漂いますが,前後の部分では仲が良いのか悪いのかわからないような速い音の動きが続きます。
16 ドイツ風ワルツ;パガニーニ ASCHではじまる優雅でダイナミックなワルツの中間部にパガニーニが登場します。その名のとおり難技巧を要する曲です。きらびやかな音が続き,ドイツ風との対比を聞かせます。
17 告白 愛の告白を行う曲ですが,その情熱はうちに込められています。まさに「シューマンの世界」という感じの曲です。
18 散歩 きらびやかな謝肉祭の会場から外に出て散策するイメージのあるワルツです。スケールの大きな雰囲気を持っています。
19 休息 突然,低音から上昇するメロディが湧き出てきて,第1曲を回顧になり,そのまま終曲に入って行きます。
20 フィリスティンたちに対抗するダビッド同盟員の行進 フィリスティンというのは,19世紀ドイツの俗物たちを指します。それを討とうとするシューマンを中心とした芸術集団の正義の行進をイメージした曲です(フィリスティンというのは旧約聖書のフェリシテ人を意味しています)。この「ダビッド」というのは巨人ゴリアテを石投げで倒した弱小だけれども知恵を持つダビッドを指し,シューマン自身と考えられます。

3拍子の行進というのが独特の壮麗さを作り出しています。第1曲「前口上」の輝かしさに呼応する曲と言えます。堂々と進んでいった後,シューマンの他のピアノ曲の断片が出てきます。次第にテンポが速くなり,高潮した気分になり,第1曲の後半部と同じ展開になります。最後のコーダの部分はさらに高潮した気分になり,輝かしい和音で全曲が結ばれます。
(参考文献)
ピアノ名曲名盤100/諸井誠著(ON Books).音楽之友社,1977
(2004/09/04)