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シューマン Schumann
女の愛と生涯,op.42 Frauenliebe und Leben, op.42

1840年,いわゆる「歌の年」に作られた,女声のために書かれた連作歌曲集の傑作です。歌詞は,シャミッソーによるもので,娘時代の恋の萌芽から成熟,婚約,結婚,妊娠,出産,さらに夫との死別という女性の人生を描き出しています。全8曲から成っており,音楽面でも歌詞の上でも,物語として完結してる作品です。

シューマンは,ビーダーマイアー(Biedermeier)と呼ばれる小市民的円満家庭を夢見ていたと言われています。この曲は,結婚を前にしたクララへの愛情が作曲の動機になっていますが,男の願望が,音楽にも反映されているところもあり,鋭い心理描写というよりは,安定した心地良い音楽が中心になっている点が特徴です。この頃は,市民社会の台頭とともに,仕事を持つ女性も出てきた時代ですが,ここでは自立した女の一生でなく,夫唱婦随という形で女を描いており,「シューマン自身が抱いたクララの理想像」「シューマンの結婚観」が現れているとも言えます。

ドイツ・リートの世界では,男声用に比べ,女声用の連作歌曲集が極端に少ないこともあり,この作品は,女声歌手のための永遠のスタンダード・ナンバーとしての位置を確立しています。ピアノ・パートの独立性が高い点,第1曲の主題が最終曲で再現される点なども注目点です。

# 曲名 調性・拍子等 内容 ひとこと要約
第1曲 あの人に会ってから
Seit ich ihn gesehen
変ロ長調
3/4
ラルゲット
ピアノによる落ち着いた序奏に続いて,静かに語りかけるように曲は始まります。動揺する気持ちに包まれながら,物語のヒロインと結婚相手となる男性との出会いをデリケートに描きます。途中,たじろぐように動くピアノ伴奏も印象的です。この曲の主題は,最終曲で再現されます。 恋の芽生え
第2曲 だれにもまさる君
Er,der Herrlichste von allen
変ホ長調
2/2
心をこめて,生き生きと
男性への思いがどんどんつのり,曲の最初の部分から,男性を賛美する気持ちがストレートに,輝かしく歌われます。ピアノ伴奏は,その気持ちを支えるように和音を連打します。それにも関わらず,曲全体としてつつましさが感じられます。単独でも取り上げられる曲です。 つのる思い
第3曲 私には分からない
Ich kann's nicht fassen, nicht glauben
ハ短調
3/8
熱情を持って
前曲とは対照的に,とまどうように歌われます。愛する男性から「僕は永遠に君のものだ」と打ち明けられ,平静さを無くしてしまった―そういった気持ちが見事に表現されています。中間部は,甘美な気分になり,夢のような幸福感が浮かび上がってきます。 彼からの告白の驚き
第4曲 この指につけた指環よ
Du Ring an meinem Finger
変ホ長調
4/4
心をこめて
愛する人から指環をもらった喜びが,かみ締めるように歌われます。しみじみとした情感と甘美で滑らかなメロディが印象的な作品です。 婚約指輪
第5曲 妹たちよ,手をかして
Helft mir, ihr Schwestern
変ロ長調
4/4拍子
かなり速く
結婚を目の前にして,姉妹たちに婚礼の晴着を身につけるのを手伝ってもらう様子を歌った曲です。忙しい音の動きの中で,新しい生活を夢見る喜びが率直に歌われています。最後の部分では,姉妹たちとの別れを惜しむ寂しさも歌われます。 結婚への準備
第6曲 やさしい君よ,いぶかりの目で
Susser Freund, du blickest
ト長調
4/4
ゆっくりと,心からの表情をもって
妻の涙を不審に思った夫に,子供を身ごもったことをときめきながら歌う曲です。常にしっとりとした雰囲気につつまれていますが,途中,打ち明ける決心をする部分でハ長調に転調し,その後,最初の調に戻った後,ほっとしたように結ばれます。 妊娠の報告
第7曲 胸に抱いて
An meinem Herzen, an meiner Brust
ニ長調
6/8
快活に心をこめて
子供を産み,母としての喜びに浸る幸福な歌です。ピアノの16分音符音型によって伴奏され,最後の部分ではスピードを速めていきます。 出産と子育ての喜び
第8曲 はじめての悩みを
Nun hast du mir den ersten Schmerz getan
ニ短調→変ロ長調
4/4
→3/4
前の曲とはうって変わり,深刻なニ短調の和音で始まります。幸福に過ごしてきた女性は,最愛の夫に先立たれ,この世の中に取り残されます。ぶつぶつと語るようにモノローグ風に進んで行く哀しい歌が続きます。

ただし,歌が終わった後,変ロ長調に転調し,第1曲の出会いの部分の主題が少し変奏されて再現されます。ピアノだけによる,長い後奏が続き,深い余韻を残しながら,しみじみと全曲が締められます。この作り方は,「詩人の恋」にも共通する,シューマン得意の手法です。
夫の死
(2010/11/27)