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シューマン Schumann
ピアノ協奏曲イ短調, op.54

シューマンが,妻クララのために書いた,初期ロマン派音楽を代表するピアノ協奏曲の名作です。

恩師の娘クララと結婚した1840年の翌年,シューマンがクララのために書いたのが「ピアノと管弦楽のための幻想曲」でした。彼は以前からピアノ協奏曲の作曲を夢見ていたのですが,オーケストレーションが不得意。苦労してやってまとめ上げてのがこの曲でした。しかし,その4年後,親友メンデルスゾーンの作ったピアノ協奏曲を聴いてショックを受け,自分も素晴らしいピアノ協奏曲を書こうと発奮。以前書いた「ピアノと管弦楽のための幻想曲」に手を加えた第1楽章に,新しく第2,3楽章を書き加えて,ひとつにまとめたのが,このピアノ協奏曲イ短調です。現在では,圧倒的にシューマンのピアノ協奏曲の方が人気が高いのが面白いところです。

シューマンはクララに対して,「私は技巧をことさら誇示するような,名人ピアニストのための協奏曲は書きたくない」と述べています。確かに外面的な効果を狙ったところはありませんが,地味な曲というわけでもなく,熱く燃え上がるような,第3楽章を中心に華麗な名技性とロマンティックな渋さとが,しっかりと溶け合った人気作品となっています。

もともと第1楽章が幻想曲だったこともあり,全体的に幻想的な気分が前面に打ち出されているのも大きな特色です。全曲の鍵となる,第1楽章の第1主題はクララの名前を読み込んでいると言われており(後述します),クララが演奏することを想定した作品となっています。音楽評論家の中河原理氏は,「この曲については,女性ピアニストが演奏する方がしっくりくる」と書かれていますが,このクララのイメージを勝手に思い浮かべながら聴くのも,また一興かなとと思わせるような作品です(個人の感想です)。

  • 作曲年:1845年
  • 初演:1846年1月1日,ライプツィヒ・ゲヴァントハウス。ピアノ独奏は妻クララ,指揮はメンデルスゾーン
  • 献呈:F・ヒラー
  • 編成:独奏ピアノ,フルート2,オーボエ2,クラリネット2,ファゴット2,ホルン2,トランペット2,ティンパニ,弦五部

第1楽章 アレグロ・アフェットゥオーソ,イ短調,4/4,ソナタ形式
この楽章については,「ソナタ形式」と書かれている解説が多いのですが,従来の協奏風ソナタ形式とはかなり違ったものとなっています。序奏部,すぐにピアノが主題を出した後は,かなり自由に作られており,「自由なソナタ形式」「変化の多い三部形式」とも言えるようです。中河原理氏は,「楽章全体が冒頭主題の変奏というか変容」と書いていますが,これがいちばん当たっているのかもしれません。また,もともと第1楽章が独立して曲だったこともあり,第1楽章そのものが「多楽章」的で,テンポや拍子が大きく変化する構成になっているのも特徴です。

曲の冒頭,オーケストラの全奏による強烈な和音の後,独奏ピアノがアインガング(指ならし)風でリズミックなパッセージで続きます。この短い序奏部の後,オーボエを中心とした木管楽器群がロマンティックな第1主題が柔らかく提示します。この主題は,この楽章のみならず,全曲を通じて曲の核となるモチーフとして繰り返し登場します。

ちなみに,この主題に含まれる「ドシララ」という音型は,クララの名前を読み込んだものと言われていますす(NHK「らららクラシック」で,川嶋ひろ子さんが説明していました。クララのニックネームは,クララをイタリア語読みしたキアリーナ(Chiarina)ですが,この中のCHAAを取り出すとドシララとなります)。クララが初演を行い,その後も頻繁に演奏していたことを考えると,「クララのテーマ」と呼んで間違いなさそうです。

もうひとつちなみにですが,この衝撃的な出だしの部分は,50年ほど前に放送されたテレビドラマ「ウルトラ・セブン」の最終回で使われたことが,今でも伝説的に語り継がれています。

この第1主題をピアノが繰り返した後,管弦楽がこの楽章で何回も姿を見せる重要なフレーズを演奏します。このフレーズも第1主題に由来するもので,次第に力を強めていき,最後はピアノが引き継ぎます。

その後,ピアノが静かに第1主題を演奏した後,クラリネットがハ長調で印象的に入ってきます。第1主題を明るく変形させたようなメロディで,古典的な協奏曲での第2主題に相当する部分ですが,第1主題との性格の差異がはっきりしないため,「この楽章には第2主題はない」と言われることもあります。この主題は,第1主題前半の動機を変形したもので,最後の部分がピンと跳ね上がるような形を繰り返します。並行してピアノが三連音をつらねて,何度も下の方へ流れていきます。この辺の音の動きにもなんともいえない幻想的な気分がたちこめています。

その後,ピアノを中心に,第1主題の発展形のような雰囲気になります。力強い全奏で主題が演奏された後,本来の展開部に入ります。

展開部は変イ長調で演奏され,アンダンテ・エスプレッシーヴォにテンポを落とし,ピアノとクラリネットが美しく応答しながら,ノクターン風に主題を変形させていきます。いかにもシューマン的な暖かみのある抒情性あふれる部分が続きます。その後,曲の冒頭のリズミックな音型が顔を出し,ピアノとオーケストラが激しく競い合い,緊迫したやりとりをします。ピアノが下降していった後,フルートとピアノで変形された第1主題がト長調で演奏されます。転調を重ね,柔和な雰囲気を醸し出したところで,木管楽器が第1主題をイ短調で出し,再現部に入ります。

再現部は呈示部と同様に進み,第2主題部の直前のピアノ独奏で,イ長調に変わります。第2主題部の再現とその処理の後,気分を高め,その頂点でカデンツァに入ります。カデンツァは技巧的ですが,独特の気品も湛えています。独奏ピアノのトリルに続いて,管弦楽を軽快な2/4拍子で引き入れて,コーダになります。最後はストレッタで畳み込むように主題を拡大し,ピアノのアルペジオの上昇の後,力強く楽章を結びます。

第2楽章 アンダンテ・グラチオーソ,へ長調,三部形式
この楽章には,「間奏曲(Intermezzo)」という副題がつけられています。楽章は,弦とピアノによる,軽やかで美しい掛け合いで始まります。この主題も,第1楽章の第1主題と密接な関係を持ったもので,柔らかく演奏されていきます。全体に漂う,甘い感傷にみちた雰囲気は,古典派時代の協奏曲にはなかったロマン派ならではの音楽です。

中間部はハ長調になり,突如,チェロが表情豊かで憧れに満ちたロマンティックな旋律を朗々と歌い始めます。これに対するピアノの動きも,シューマンらしい創意と工夫に満ちたものです。第3部は第1部の再現です。最後,速度を次第に落としつつ,第1楽章の第1主題をクラリネットとファゴットでゆったりと長調と短調で2回想起し,そのまま第3楽章に入っていきます。

第3楽章 アレグロ・ヴィヴァーチェ イ長調 3/4 ソナタ形式(ロンド形式と書かれてい解説もあります)
まず,ピアノが明快で明るい楽想を輝かしく演奏し,弦楽器がきらめくような音階的な音の動きで加わります。ここで堂々と出てくる主題も,第1楽章第1主題と関連の深いものです。これを確保した後,ピアノを主体とした生き生きとした自由な経過部になります。第2主題はホ長調で,弦のスタッカートで始まります。休止符をうまく使った舞曲調で,シューマンお得意の「3拍子による行進曲」風です。ピアノはシンコペーションでこれに応えます。その後,独奏ピアノが転調を繰り返しながら,縦横無尽に動き回るような魅力的な部分になります。この「延々と続いて,巻き込まれていく感じ」は,この楽章の大きな魅力です。

展開部は管弦楽による第1主題で始まった後,少し気分が落ち着き,第2ヴァイオリンから始まるフガートになります。これに続いてオーボエがへ長調で新しい旋律を出し,これを各楽器が転調しながら扱っていきます。素晴らしい効果を出した後に,木管に第1主題が出てきます。これに導かれて,管弦楽に第1主題がニ長調で登場し(調性としては変則的です),再現部になります。再現部は呈示部のように進み,経過部の後,第2主題は弦楽器によってイ長調で演奏されます。

最後のコーダは,シューマンのソナタでしばしば見られるように長大で,展開部と同じような形で始まります。しかしフガートはなく,ピアノによる音階を上下するような新しい旋律が出てきます。その他,展開部に出てきた旋律も使い,圧倒的なクライマックスを築いて,華麗に結ばれます。

(参考文献)
    • 中河原理(1971)「オーケストラに聴く103曲 名曲との対話」音楽之友社
    • 木幡一誠,安田和信編(2003)「200CD協奏曲:ソリスト・指揮者・オケ・曲のここが面白い!」立風書房
    • NHK「らららクラシック」〜「シューマンのピアノ協奏曲〜妻クララ 愛の物語〜」(2019年4月12日放送)での川嶋ひろ子氏の解説
    • 作曲家別名曲解説ライブラリー23.シューマン.音楽之友社,1995

(2021/08/14)