シューマン Schumann

■ピアノ・ソナタ第1番嬰ヘ短調op.11

シューマンは筆名として「フロレスタンとオイゼビウス」という2種類の名前を使っていました。この作品は,その名前を使った最初の作品で,「フロレスタンとオイゼビウスからクララにささげる」と楽譜には記されています。このフロレスタンとオイゼビウスというのは,シューマン自身の2つの面を表す分身のようなものです。フロレスタンは情熱的に高揚する奔放な気質,オイゼビウスは夢想に浸る内気な気質を表しています。シューマンは,自分自身の分裂的な性格を意識していたのですが,この作品ではソナタ形式の2つの主題として,このことを生かしています。

シューマンは,後に妻となるクララに対する手紙の中で,この曲について「君に対するたた一つの心の叫び」と書いているとおり,シューマンへの恋愛感情を表現した曲です。シューマンは,この曲を作曲するまでに,幻想的な小品,変奏曲,練習曲といったピアノ曲を書いていますが,この曲で初めて4楽章からなるソナタに取り組んでいます。内向性と積極性とが交錯する構成は「凝り過ぎ」と言われることもあるようですが,それまでに作曲した彼のピアノ曲の集大成とも言われています。

ただし,この曲は完全にオリジナルの曲ではなく,以前に書かれた独立したピアノ曲,歌曲などを基に作られています。

第1楽章
序奏とアレグロ・ヴィヴァーチェの主部から成っています。嬰へ短調の暗い分散和音が続く中,ぎこちないリズムが下降しながら何かを訴えかけてきます。この部分がクライマックスを築いた後,展開風の部分になり,その後,最初の部分が再現します。

この序奏部分が静かに終わった後,主部になります。第1主題は動きのあるフロレスタン的な動機が繰り返し出てくるものです。第2主題の方は,穏やかに下降していくような落ち着きのあるもので,オイゼビウス的です。展開部は第1主題を中心としたかなり長いものです。華々しい生気に溢れています。途中,序奏部の主題も出てきます。

再現部はかなり縮小されたものです。最後は静かな雰囲気で終わります。

第2楽章
3部形式からなる「アリア」と表記されている優美な楽章です。前の楽章から受け継いだ下降する音程が中心となっています。中間部では,チェロを思わせるような線の太いメロディが出てきます。これも第1楽章の主題と関連しています。

第3楽章
スケルツォと間奏曲。A-B-A-C-Aという形式です。Aはユーモラスな主題でいかにもシューマン的なリズムを持っています。Bは内声部に主旋律があるもので,低音には鐘のようなスタッカートの動きがあります。Cはレントで「間奏曲」と題されています。その後,「ブルレスケ風にしかし華やかに」と記されたポロネーズ風の部分になります。このCの部分の後に,アドリブ風のカデンツァが続きます。「オーボエ風に」と書かれた部分もあり,自由にピアノで遊ぶような雰囲気もあります。最後にAが戻って来て楽章は終わります。

第4楽章
ロンド形式で書かれた楽章です。激しさと厚い和音を盛ったロンド主題で始まります。続く経過主題はシューマン好みのリズムを持っています。この2つの主題が交錯し,華やかに頂点を築きます。ここでは和音的な主題となり,そこまでのしめくくりとなります。

その後,ここまで同様に2つの主題が出てきます。前半よりは少し気分が明るくなっています。最後は力強くコーダとなります。ピツィカート風の効果を持ちながら,穏やかに進みますが,最後には情熱的になり力強く全曲を締めくくります。(2004/04/04)