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シューマン Schumann
交響曲第1番変ロ長調,op.38「春」

シューマンの創作意欲が最も旺盛なだった1841年に短期間で一気に作曲された,シューマン最初の交響曲です。曲全体に,当時の幸福な生活や快調さを裏書きするような明るさが満ちたシューマンの代表作の一つです。

この曲は,アドルフ・ベットガーの春の詩からインスピレーションを得て書かれたものと言われています。次のような内容です。
おんみ雲の霊よ、重く淀んで
海山をこえて脅かすように飛ぶ
おんみの灰色のヴェールはたちまちにして
天の明るい瞳を覆う
お前の霧は遠くから湧き
そして夜が、愛の星を包む
おんみ雲の霊よ、淀み、湿って
私の幸せすべてを追い払ってしまった!
お前は顔に涙を呼び
心の明かりに影を呼ぶのか?
おお、変えよ、おんみの巡りを変えよ――
谷間には春が花咲いている!
(前田昭雄訳)
そのため,一般に交響曲第1番「春」として知られています。自筆スコアには,当初,4つの楽章それぞれに「春のはじめ」「たそがれ」「楽しい遊び」「春たけなわ」という標題が付けられていました。これらは,最終的には削除されましたが,この標題がなくても,作品の根底に春のイメージが横たわっていることは明らかです。

第1楽章の主題が,後の楽章でたびたび登場するなど,曲全体が綿密に構成されているのも特徴です。シューマンの管弦楽作品については,「オーケストレーションが下手」と言われることがありますが,それはあくまで主観的な問題で,「シューマン独自のサウンド」ということもできます。この作品は,そのシューマン・トーンに詩的なイメージが加わった傑作と言える作品です。

この曲の作曲のきっかけは,前述のとおりベットガーの詩なのですが,もう一つ,1839年12月にシューマン自身が発見したシューベルトの交響曲ハ長調(一般に「ザ・グレート」と呼ばれている曲)が演奏されるのを耳にしたことに刺激を受けたためと言われています。シューマンは次のように語り,交響曲の領域に一歩を踏み出すことになります。

あらゆる楽器が人の声であり,その大きさ以上に精神豊かで,ベートーヴェンに匹敵する管弦楽法だ!...僕にもこんな交響曲が書けたらなあ

この曲の書かれた1841年は,交響曲など管弦楽作品を集中的に取り上げていましたので,「交響曲の年」と呼ばれたりしています。その年の1月23日の家計簿に「春の交響曲開始」,1月26日には「やったぞ!交響曲完成!」と書かれています。睡眠時間を削りながら4日でスケッチが書きあげられた,その勢いどおりの作品となっています。

オーケストレーションは,2月20日に完了し,3月31日にメンデルスゾーン指揮のライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団によって初演されています。シューベルト,シューマン,メンデルスゾーン...と初期ロマン派を代表する作曲家3人がリレーをするようにこの曲が作られ,初演されたのは,とても面白い点です。

楽器編成:フルート2,オーボエ2,クラリネット2,ファゴット2,ホルン4,トランペット,トロンボーン3,ティンパニ,トライアングル,弦五部

第1楽章 序奏を伴うソナタ形式
[序奏] アンダンテ・ウン・ポーコ・メエストーソ,変ロ長調,4/4
春の到来を告げるようなトランペットとホルンのファンファーレで曲は始まります。それにオーケストラ全体が応えます。これが曲全体のモットーになります。この部分は,ほの暗さもあり,ドラマティックな気分も持っています。続いて,シューマン自身が「辺り一面が緑に変り,蝶が舞う」と言っている部分になり,フルートなどの木管楽器が活躍します。次第にテンポが速くなり,徐々に音量も増し,主部になります。この移行部でのホルンの活躍は,ホルン好きのシューマンらしいところです。

[主部] アレグロ・モルト・ヴィヴァーチェ,2/4,3部形式
第1主題は,序奏で出てきた「モットー」音型を軽やかに縮小したものです。「ターンタタッタ,タタタタ...」という,いかにも「春」という景気の良いリズムが印象的な部分です。ホルンによるブリッジのフレーズに続いて,やや翳りを帯びた第2主題が,木管楽器によって演奏されます。リズミックな第1主題と好対照を成します。イ短調から始まった後,へ長調になる辺りはシューマンらしいところです。推移部では第1主題の軽やかなリズムに乗って上昇していく新しい音型が出てきて,楽しげに呈示部が締められます。その後,繰り返しが行われます。

展開部では,第1主題のみが扱われます。途中,新しい対立旋律が木管楽器に現れますが,一貫して第1主題のリズムが執拗に繰り返されます。その後,トライアングルも加わり,春の気分をさらに盛り上げます。展開部の最後の方では転調が行われ,再現部に入ります。

再現部は,第1主題に戻るのではなく,序奏のファンファーレに戻ります。各主題が短縮されて再現された後,コーダとなります。ここでも第1主題のリズムが中心ですが,駆け出すような速いテンポにギアチェンジされます。一旦テンポが遅くなった後,序奏部の音型が再度出てきて,堂々と締めくくられます。

なお,序奏部のモットー音型は,初演リハーサルの段階では今よりも3度低い音程で始まっていました。その再現を試みた録音も残っています。

第2楽章 ラルゲット,変ホ長調,3/8,3部形式
抒情的な穏やかな気分に包まれた楽章です。この楽章では,トランペットとティンパニがお休みで,ホルンも2本に減らされています。

中心主題は息の長いものですが,シンコペーションを伴っており,第1楽章のモットー音型の余韻を響かせています。第1ヴァイオリンがオクターブ上で主要主題を演奏した後,同じリズムによる推移部分になります。その後,満を持してチェロが登場し主要主題をたっぷりと演奏します。

新しいリズム音型が現れる中間部を経た後,ホルンとオーボエに主題が出て,最初の部分に戻ります。楽章の終わり近くでは,第3楽章の主題を暗示するトロンボーンによるコラール風の短調のフレーズが出てきます。そして,そのまま,次の楽章に入っていきます。

第3楽章 2つのトリオを持つスケルツォ
最初に出てくる野性味を帯びたスケルツォ主題は,ト短調のように始まりますが,ニ短調です(モルト・ヴィヴァーチェ,3/4)。この部分は,途中に変ロ長調の中間部を挟む,単純な3部形式で書かれています。

続いて,第1トリオ(ニ長調,モルト・ピウ・ヴィヴァーチェ,2/4)になります。この部分は,第1楽章のモットーと同じ同音反復リズムで出来ています。スケルツォに戻った後,第2トリオ(変ロ長調,モルト・ヴィヴァーチェ,3/4)になります。この部分は,音階を駆け上がるような主題です。

3回目のスケルツォが縮小された形で再現された後,コーダになります。楽章のいろいろな素材がしんみりと回想された後,最後に第1トリオの動機が現れて,楽章が閉じられます。

第4楽章 アレグロ・アニマート・エ・グラツィオーソ,変ロ長調,2/2
勢いよく駆け上がる短い序奏(これも第1楽章のモットー主題の後半部の発展形です)に続いて,主部に入ります。第1主題は軽やかに戯れるようなものです。その後,ヴァイオリンを中心とした推移部が続きます。

第2主題は,A:オーボエとファゴットの弱奏による前半,B:4楽章冒頭の音型と同じリズムを持った,活気に満ちた後半とにはっきり分かれます。Aのリズムは,シューマンが好んだもので,3年前に作られたピアノ曲「クライスレリアーナ」の終曲の主題と同じものです(この主題は,「感謝と喜悦の混合」と呼ばれるものです)。これらが繰り返された後,Bが変形されたメロディがくっきりと演奏され,呈示部が終わります。呈示部は繰り返されます。

展開部は,第2主題のBのリズムによるものです。比較的短いもので,ホルンとフルートによる美しいカデンツァ(第1楽章序奏のエコーのようです)の後,フルートとファゴットが第1主題を演奏して再現部に入ります。呈示部と同様に経過した後,ポコ・ア・ポコ・アッチェレランドのコーダとなります。この部分は,第2主題Bのリズムを主体とした第2展開部的な性格を持った部分です。最後に長調に転調し,「春たけなわ」の活気の中で全曲が結ばれます。

(参考文献)

(2011/10/13)