シューマンは「詩人の恋」などの歌曲をはじめ,文学からインスピレーションを得た作品を多く作曲していますが,ピアノ曲の中ではこの「森の情景」がその代表です。シューマンは,アイヒェンドルフの詩に親しんでおり,詩人の世界を音楽で表現することを求めていました。9曲からなるこの作品のタイトルがそのことを示しています。作曲当初は,各曲に短い詩が付けられていたのですが,その後,第4曲以外は作曲者によって取り去られました。
ドイツのロマン主義文学では,森林が重要な要素のひとつですが,シューマンのピアノ曲で森を題材にしたものはこの作品のみです。森に入ってから出るまでの様々な出来事を描写した音楽で,全曲を通じて,深いロマンティシズムを漂わせていると同時に,シューマンの精神的な不安さも現れていると指摘している解説書もあります。曲は,1848年12月29日から1849年1月6日にかけての1週間ほどの間に作曲され,1850年12月に出版されています。
1 入口 Eintritt
変ロ長調,4/4 あまり速くなく(Nicht zu schnell 三部形式
森に静かに足を踏み入れる期待感と不安感を表したような曲。弾むようなリズムとロマンティックな主題が絡み合い,森の神秘的な気分を暗示するようです。
2 待ち伏せる狩人 Jager auf der lauer
ニ短調 4/4 最高に生き生きと(Hochst lebhaft) 序奏と二部形式
一転して張りつめた緊張感と活気のある音楽に。獲物をねらって待ち伏せる狩人と猟犬の活躍を描いています。立ち止まったり,駆けたり,動き回ったり...といった感じの曲です。
3 孤独な花 Einsame Blumen
変ロ長調 2/4 単純に(Einfach)
淋しく咲いた花たち(Blumenは「花」の複数形)が寄り添っているかのように主題は3声部で書かれ,対話風の書法を織り込んだ優雅な趣を持っています。この曲冒頭の中心モチーフは他の曲でも用いられ、曲集の核となっています。
4 呪われた場所 Verrufene Stelle
ニ短調 4/4 かなりゆっくりと(Ziemlich langsam)
後期シューマンの深い幻想が浸透した不思議な小品。この曲の冒頭部分には、次のようなドイツの詩人フリードリヒ・ヘッベルの詩が掲げられています。
そんなに高くのびた花も
ここでは死のように青白い
真中の1本の花だけが
くすんだ赤い色で咲いている
その色は太陽から得たものでない
それは太陽の光さえ受けたことがない
その色は大地からのもの
それは人間の血を吸い込んだものなのだ
複付点8分音符を持ったモチーフと随所に出てくる不協和音の響きが,不気味さを盛り上げ,晩年のシューマンの怪異さと暗さを示す典型的な曲といわれています。
5 親し気な風景 Freundliche Landschaft
変ロ長調 2/4 急速に(Schnell) 三部形式
前曲とは対照的に,非常に明るい光景を描いた曲。救われるような朗らかさがあります。4小節の序奏の後,右手に主題が現れ,曲全体に自由に展開されます。
6 宿 Herberge
変ホ長調 4/4 中庸に(Massig) 三部形式
三部形式を取っていますが,いろいろなモチーフが盛り込まれています。肩のこらない宿の愉快な旅人たちを思わせる旋律で始まります。
7 予言の鳥 Vogel als Prophet
ト短調 4/4拍子 ゆっくりと、きわめてやさしく(Langsam, sehr zart)
全曲中最も有名な曲です。最初に出てくる印象的な主題は,予言の鳥の鳴き声を表現しているようでもあり,幻想的な言葉を表しているようでもあります。
ちなみに,この曲名は,村上春樹の「ねじまき鳥クロニクル」の第2部のタイトルにも使われています。
8 狩の歌 Jagdlied
変ホ長調 6/8 急速に、力強く(Rasch kraftig) 三部形式
前曲から一転して,元気よく音楽が始まり,勇壮な狩の情景が描かれます。ホルンの音が聞こえてくるような和音で始まった後,中間部では変イ長調に変わります。主部と似た書法で書かれていますが,左右の手の交差があり,左手の動きが印象的です。
9 別れ Abschied
変ロ長調 4/4 急がずに(Nicht schnell) 長い結尾を持つ三部形式
「別れ」という標題が付いていますが,森を去って元の場所へ帰ることを意味するので,明るい曲調です。若くして亡くなったメンデルスゾーンの「無言歌」を思わせるような流麗なメロディが印象的です。中間部では,シューマンらしいやさしい対位法の絡み合いがあります。最後は,森が段々と遠ざかり,見えなくなるように静かに曲は終わります。
(参考文献)
- シューマン(作曲家別名曲解説ライブラリー23).音楽之友社, 1995 の芹沢尚子氏による解説
- シューマン:ピアノ作品集3(ピアノ:ウラディーミル・アシュケナージ)(CD)の前田昭雄氏による解説
- Wikipedia日本語版
(2021/02/13)
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