スメタナ Smetana

■連作交響詩「わが祖国」
「チェコの音楽の父」と呼ばれるスメタナの代表作です。この作品は,連作交響詩という独特の形を取っています。6つの楽章からなる1つの曲として聞くこともできれば,6曲の独立した曲として聞くことも可能です。

スメタナは,祖国愛の強い作曲家で,チェコの民族運動を盛り上げるような作品を沢山書いています。「わが祖国」はこういった曲の代表作です。そういう意味ではシベリウスの交響詩「フィンランディア」と似たところもあります。この曲は1874年から」1879年に書けて,曲の配列順に作曲されています。スメタナは丁度この時期に激しい耳鳴りに襲われるようになっています。日ごとに症状が悪化する中でこれらの曲は作曲されました。聴覚が失われる中で,かえって作曲への情熱が高まるという状況はベートーヴェンに通ずるものがあります。当初,この曲集は,「高い城」「モルダウ」「シャルカ」の3部作とし完結する予定でしたが,祖国愛がますます高まり,結局,6曲からなる曲集となりました。

プラハでは,1946年以降,毎年「プラハの春」という音楽祭が行われています。その開幕は,スメタナの命日の5月12日です。そして,この「わが祖国」の全曲演奏が行われます(ちなみに閉幕はベートーヴェンの第9です)。この曲はプラハ市に捧げられています。まさにチェコ音楽の象徴といえる名曲です。

■高い城(ヴィシェフラド)
この曲は,ヴィシェフラドとも呼ばれますが,「高い城=ヴィシェフラド」ではありません。ヴィシェフラドというのは固有名詞です。モルダウ川のほとりにある古城の名前です。ここにはスメタナとドヴォルザークの墓もあります。この曲では,城にまつわる歴史と栄光が描かれています。

曲は,伝説の歌人ルミールの竪琴をあらわす2台のハープのメロディで始まります。これはヴィシェフラドの主題でもあり,「わが祖国」全体を通じての重要なモチーフにもなっています。2曲目の「モルダウ」の中にも「ヴィシェフラド」が出てきますが,その時にもこのメロディはちゃんと出てきます。最初,ファゴットとホルンでこの主題が演奏された後,フル・オーケストラで堂々と演奏されます。曲はこの主題を中心に自由に変奏されます。

テンポがアレグロに変わり,激しい闘争の部分になります。テーマが対位法的に展開されます。金管楽器にはベートーヴェンの「運命の動機」も出てきます。

過去の栄光を思わせる木管のメロディがが出た後,このテーマが壮大に盛り上がりクライマックスを築きます。テンポが遅くなり,ヴィシャフラドの主題が再現します。最後に力強く響かせた後,「追憶のエレジー」のような雰囲気で静かに終わります。

■モルダウ
6曲中,もっとも有名で,人気のある曲です。単独で演奏される機会もCDの録音数も桁違いに多くなっています。モルダウというのはもちろん川の名前ですが,これはドイツ語読みです。チェコでは,ヴルタヴァと呼ばれています。本来は,この名前で呼ばれるべきものですが,日本では,すっかり「モルダウ」という名称が定着しています。

この曲は,上流から下流に向って段々と大河になっていく様子を絵画的に描写しています。モルダウには,2つの水源があるということで,フルートとクラリネットが掛け合いをするように曲は始まります。川幅が広くなったのか編成の方も厚くなってきます。続いて,ヴァイオリンとオーボエに滑らかなメロディが出てきます。このメロディは合唱曲になったりして(私はさだまさしが歌詞をつけて歌うのを聞いた事があります),非常に有名です。この曲が人気があるのは,何といっても,このメロディの美しさと親しみやすさにあります。憂いをたたえた流麗なメロディは,全てのクラシック音楽の中でも屈指の名旋律です。この旋律はイスラエル国歌とそっくりですが,スウェーデン民謡がオリジナルと言われています。

このメロディが展開された後,森の狩猟の部分になります。狩と言えば当然ホルンが大活躍します。その後,スラヴ舞曲の思わせる,楽しげな農民の踊りになります。続いて,月の光と妖精の踊りの部分になります。川の流れを表す木管の演奏の上に,月の光を表すヴァイオリンのメロディが出てきます。見事な描写力です。

その後,主題が再現します。夜が明けても川は流れているということでしょうか。急流に差しかかった場では,各楽器が大活躍し,激しい雰囲気になります。さらに壮大な雰囲気になって,いよいよプラハ市に入ってきます。古城ヴィシェフラドが見えてくると,第1曲の最初のテーマが出てきます。

という具合に,非常に律義に川沿いの情景を音楽で描いています。そして,いちばん最後は...「チャン,チャン」と終わります。本当に「チャン,チャン」と終わるので,ちょっと苦笑してしまいそうです。

■シャールカ
「シャールカ」というのは,プラハ北東にある谷の名前です。この谷の名前と同じ名前の女性シャールカの物語をこの曲で描いています。シャールカは大変勇ましい女性だったらしく,最後は復讐のために男を皆殺しにする,というストーリーになっています。

曲は,いろいろなメロディがストーリーの順に繋がっている接続曲風のものになっています。冒頭からドラマティックな雰囲気で始まります。曲全体も迫力と劇的な雰囲気に満ちています。

しばらくすると行進曲風になります。続いて,クラリネットが柔らかな訴えるようなメロディを演奏します。これはシャールカの主題です。その後に出てくるのがシャールカを見つけた騎士スティラートの主題で,ファゴットとチェロで演奏されます。この2つの主題が対話をするように進んで行き,次第に熱を帯びて来ます。

曲は3/4拍子になり,宴会の場になります。民族色豊かな舞曲が次第に盛り上がった後,全員が酔いつぶれたように,リズムだけが残り静かになります。

テンポが速くなり,弦のトレモロの上にホルンの信号が出てきます。これをクラリネットが受け継ぎます。シャールカが見方に合図を送ったことを意味します。この合図を聞いて仲間のアマゾン軍がやってきて,次第に狂乱的になり,クライマックスを築きます。アマゾン軍が勝利を収め,曲は終ります。最後に低音楽器でスティラートの主題の変形が浮かび上がるのも印象的です。

■ボヘミアの牧場と森から
前曲の伝説的な雰囲気とは対照的に,この曲では,祖国の美しい風土を描いています。夏の日の田園の喜び,収穫を喜ぶ農民の踊りなど,田園的な情緒に溢れています。

曲はボヘミアの草原を吹く風を暗示するような,ちょっともの悲しいメロディで始まります。続いて,ボヘミアの牧場を示す主題がクラリネットに出てきます。今度は,オーボエに村の娘たちとその歌を描く新しいメロディが表れます。これらが展開された後,一段落します。

弱音器をつけたヴァイオリンに牧場のなごやかさを示す明るいメロディが出てきます。これが対位法的に展開された後,ホルンによって森を表す主題がゆったりと演奏されます。

その後,これまでに出てきた主題が展開され,クライマックスを作ります。収穫祭の頃の農民の様子が描かれます。速度もアレグロになり,打楽器が華やかに加わったポルカになります。これが熱狂的になり,森を表わす主題を交えながら,プレストになって曲は締められます。

■ターボル
この曲と次のブラニークは,宗教戦争時代のフス教徒の英雄的な戦いを称えたものです。「ターボル」というのは,フス教徒たちの拠点だった南ボヘミアの古い町の名前です。フスというのは,ボヘミアの宗教改革者です。堕落した教皇や教会を激しく攻撃しましたが,結局は教会を破門され,宗教会議にかけられて焚刑に処せられています。彼の死後,その同志はフス教徒となって結束し,フス戦争を起こします。この戦いも結局失敗に終わりますが,これをきっかけとして,チェコ人は国家,民族として連帯を深めることになりました。

曲は,低弦とティンパニのざわめきの上にホルンが信号風に「タ,タ,ター,ター」とリズムを刻んで始まります。これはフス教徒の讃美歌の中で最も有名な「汝らはすべての神の戦士」に基づく動機です。このリズムが全篇を貫いています。これが力を増していって,力強く讃美歌が表れます。これが繰り返された後,木管でやはりフス教徒の別の讃美歌の旋律が示されます。その後,もう一つの新しい主題が力強く登場します。

テンポが速くなり,この主題が中心に展開していきます。所々,讃美歌の旋律も入ってきます。クライマックスに達した所で,堂々とした感じで,最初の「タ,タ,ター,ター」の讃美歌が大きく演奏されます。その後,2番目の讃美歌のメロディが続きます。ターボルの人たちが勝利を収めたことを意味します。

曲は一旦静かな雰囲気になりますが,「タ,タ,ター,ター」の主題が再度しつこく,しつこく繰り返されて出てきて,堂々とした雰囲気で結ばれます。

■ブラニーク
全曲の続編にあたります。スメタナ自身,続けて演奏されることを望んでいます。「ブラニーク」といのは,ターボルのあった山のことです。ここにはフス教徒の戦士たちが眠っており,祖国の危機の際にはいつ招集されてもよいように待機していたということです。

曲は,「ターボル」にも出てきた讃美歌を基礎としています。曲が始まると,前の曲の最後に出てくる「タ,タ,ター,ター」がまた出てきます。その後,弦楽器が新しい主題を演奏し,対位法的に展開していきます。この辺りは戦闘の休息を意味しています。続いて,オーボエが羊飼いの調べを演奏します。他の管楽器も絡みあって,展開します。

そのうちに低音楽器に讃美歌のメロディが出てきて,次第に力を強め,緊迫した感じになってきます。合図を示すラッパの音も出てきます。クライマックスを築いた後,ホルンに新しい讃美歌のメロディが出てきます。続いて,曲は行進曲風になり,戦いの準備を描きます。

曲は激しい感じに変わり,戦闘の場面になります。やがて,先ほどホルンに出てきた讃美歌のメロディが大きく出てきて戦闘の勝利を告げます。

テンポが遅くなって,力強く「高い城」の主題が出てきます。これに「ブラニーク」の最初の方に出てきた旋律も対位法的に結びつきます。栄光ある過去の歴史と現代との結合を意味しています。最後に2種類の讃美歌が高らかに演奏されて,全曲が結ばれます。

●参考
最新名曲解説全集4;管弦楽曲1.音楽之友社,1980
(2003/01/18)