シュトラウス,J.II  Strauss,J.II

■喜歌劇「こうもり」
Die Fledermaus
レハールの「メリーウィドウ」と並ぶ喜歌劇(オペレッタ)の名曲です。通常,オペレッタは,ミラノ・スカラ座,ウィーン国立歌劇場といったオペラハウスでは上演されることはないのですが,この作品だけは,例外で(しかも毎年決まって),ウィーン国立歌劇場では12月31日に上演されることになっています(ウィーン版「行く年来る年」というようなものです)。そういう意味で,オペレッタの中では別格の扱いを受けている「オペレッタの王様」的な作品です。

裕福な男アイゼンシュタインが,友人のファルケにあれこれ凝った仕返しをされるというたわいもないお話ですが,全編に渡り,登場人物たちの楽しいやり取りが続き,飽きさせるところがありません。気品に満ちていると同時に全幕を通じてきっちりと引き締まった統一感があるのも魅力です。

●登場人物
アイゼンシュタイン(裕福な男,テノールまたはバリトン),ロザリンデ(その妻,ソプラノ),アデーレ(アイゼンシュタイン家の女中,ソプラノ),アルフレッド(ロザリンデの前の恋人),弁護士ブリント(テノール),ファルケ博士(バリトン),刑務所の典獄長フランク(バリトン),ロシアの大富豪オルロフスキー公(メゾソプラノまたはカウンター・テノール),イーダ(アデーレの妹),看守フロッシュ

●台本
アンリ・メイリヤックとリュドヴィック・アレヴィがベネディクスの喜劇をフランス語の台本に改編しました。それをハフナーとジュネの二人がオペレッタ向きのドイツ語の台本に書き直したのが,この「こうもり」の台本です。


序曲
オペレッタ全曲同様,序曲も大変有名です。単独でも頻繁に演奏されている名曲です。

元気良く始まる序奏に続いて,オーボエがやわらかなメロディを演奏します。その後もオペレッタの中のいろいろな曲がポプリ風に続々と登場する曲で,一度聞けば誰もが好きになってしまうような魅力に溢れています。しばらくすると第2幕の最後で鳴るのと同じく鐘が6つ鳴ります。

第2幕の最後で踊られるワルツ,1幕に出てくる「ロザリンデの嘆き」などが続々出てきた後,ポルカ風の楽しいメロディが出てきます。最後は今まで出てきたメロディが,にぎやかに再現し,浮き浮きとした気分の中で全曲が閉じられます。

この曲の冒頭部分は,かつて日曜日の午後にNHK-FMで放送されていた「オペラアワー」のテーマ曲でした。この部分を聞くと,後藤美代子アナウンサーの凛とした声が聞えて来る(古い?),というのは私だけではないと思います。

指揮者のカルロス・クライバーも,この曲が大好きで,来日公演でもアンコールとして取り上げています。この曲を指揮する時の,グルグルと腕を回す仕草は,最もクライバーらしい動きといえそうです。ウィーン・フィルのニューイヤーコンサートに登場した時もこの曲を取り上げていました。

■第1幕 アイゼンシュタイン邸
裕福な男アイゼンシュタインは,役人に対して軽い暴行を働いた罪で刑務所に入ることになります。その入所の日の夕方のアイゼンシュタイン邸の一室が舞台です。
内容
第1番 序唱 ロザリンデのかつての恋人アルフレッドがステージ奥で声をあげてセレナードを送ります。応答はありません。そこに女中のアレーデが登場し華やかなカデンツァを歌います。アデーレの妹のイーダから舞踏会への招待の手紙が届くが女中の身で行けそうにないことを嘆きます。
第1番a 二重唱 叔母の病気を口実に外出願いを歌うアデーレの申し出はロザリンデから拒絶されます。そのやりとりのソプラノ二重唱です。
第2番 三重唱 アデーレが立ち去ると,アルフレッドが登場。ロザリンデにつきまといます。彼女の夫が入所したら再会するという言質を取って姿を消します。そこにアイゼンシュタインと弁護士ブリントが登場します。

弁護士の無能さをなじるアイゼンシュタインに対してロザリンデが仲裁に入ります。弁護士のオロオロとした感じがいかにも喜劇という感じです。
第3番 二重唱 ファルケ博士が登場。ロザリンデが席を外している間に「牢屋に入る前にオルロフスキー公の舞踏会に行かないか」と誘います。実はファルケは,以前アイゼンシュタインのいたずらで「こうもり博士」とからかわれたことを根に持っており,復讐をたくらもうとしています。それを知らないアイゼンシュタインは気分を良くし,喜びの表情を見せます。
第4番 三重唱 ファルケが去ると,ロザリンデは,夫と別れて過ごす1週間のことを思いながら「一人で八日も暮らさねばならない(「ロザリンデの嘆き」とも呼ばれます)を芝居っ気たっぷりに歌います。最初は,悲しみにくれる様子なのに次第にうきうきとした気分になってしまいます。この部分は序曲の中でも印象的に使われています。

ロザリンデから外出許可をもらったアデーレもアイゼンシュタインも「何とつらいことだろう」と悲しむふりをしながらも,すでに夜の宴会のことで頭はいっぱいで,ついつい,ダンスのステップを踏んでしまいます。聞いている方も思い出し笑いをしてしまうような楽しい曲です。
第5番 終曲 アイゼンシュタインとアデーレが家を出て行くとアルフレッドが素早く登場します。アイゼンシュタインはアルフレッドの服を着て,ロザリンデに向かって,酒と恋をたたえる「酒の歌」を歌います。親しみやすさと甘さを持ったテノールの曲です。そこに典獄長フランクがアイゼンシュタイン連行のためにやってきます。ロザリンデはアルフレッドのことを夫アイゼンシュタインだと言い切ります。

ワルツになり「浮気などしていない」とその場を取り繕い,アルフレッドとフランクもそれに乗ってしまいます。アルフレッドはアイゼンシュタインの身代わりになったのを利用しておおっぴらにロザリンデに口づけをします。アルフレッドはシャンペンのビンを持ってフランクと家を出ます。

■第2幕 オルロフスキー公爵邸
庭をのぞむ大広間でオルロフスキー公爵主催のパーティが開かれます。「こうもり」の中でもいちばん華やかでいろいろ楽しいガラ・パフォーマンスが組み込まれることもある楽しい幕です。
内容
第6番 間奏とアンサンブル 華やかな序奏の後,トランペットに導かれて客人たちによる「夜会は招くよ」と呼ばれる合唱が始まります。その中にロザリンデの衣装を無断借用したアデーレの姿も見えます(女優オルガということになっています)。

ファルケはオルロフスキー公に今夜は「こうもりの仕返し」という茶番劇が演じられると語り,自分の計画をほのめかします。
第7番 クプレ 続いて”フランスの大富豪ルナール”ということになっているアイゼンシュタインが登場します。オルロフスキー公は,怪しげで危険で鷹揚な雰囲気を漂わせながらも(やたらと「コザックの諺によると...」といった薀蓄を聞かせるのも面白い),「みなそれぞれ,自分の好みに応じて」自由にふるまって楽しく過ごして欲しいと「客を招くのは私の趣味で」を歌います。カウンターテノールがオルロフスキーを演じる場合,突如高い声で歌いだすので見ている方はびっくりすることでしょう。
第8番 アンサンブルとクプレ アイゼンシュタインはアデーレを見て「我が家の女中に似ている」と口を滑らせ,アデーレは怒り出します(「キャー」という叫び声も同じ)。

その後,「侯爵様,あなたのような方は」とアデーレはアイゼンシュタインにくってかかります。この曲はワルツのリズムに乗って,笑い声をイメージさせるようなコロラトゥーラの軽やかさがコケティッシュな魅力を発散する有名なアリアです。アイゼンシュタインは皆に笑われて面目をつぶします。
第9番 二重唱 召使が「シュヴァリエ・ド・シャグラン様のおいで」と来訪を告げます。これもファルケのたくらみの一つです。この男は実は刑務所の典獄長フランクです。オルロフスキーはすました顔で紹介します。アイゼンシュタインは「フランス語で会話をされたら...」と言われ冷や汗をかきながら奇妙なフランス語でフランクとやりとりを繰り広げます。その後,アイゼンシュタインは懲りずにアデーレにちょっかいを出しますが相手にされません。

その時,ハンガリーの貴族としてマスクをかけたロザリンデが現れます。アイゼンシュタインはロザリンデを紹介されます。アイゼンシュタインは「これで十七人の女性を誘惑した」という曰く尽きの時計を取り出し,早速口説き始めます。この部分ではグロッケンシュピールの音が印象的に使われています。ロザリンデはそれを楽しむように,「1,2,3,4...」と胸のときめきを数える楽しい二重唱に加わります。この時,ロザリンデはこの時計をすばやく奪い取ります。
第10番 チャールダーシュ 人々はロザリンデの素顔を知りたいと言い出します。「本当にハンガリーの伯爵夫人?」という疑惑に答えるために,証拠として歌われるのが「故郷の調べ」と呼ばれる曲です。チャールダッシュの名のとおり,緩急をつけて歌われます。オペレッタとはとても言えない堂々とした品格を持った歌です。
第11番 終曲 ファルケとアイゼンシュタインは「こうもり博士」の由来を語って人々をわらわせます。宴会の最後で,オルロフスキー伯爵がシャンパンを手に取り立ち上がって「シャンパンの歌ワインの火の中に)」を歌います。この曲を主要登場人物が歌い継いでいきます。

その後ファルケが「提案したいことがあります」と「Bruderlein...」とワルツのリズムに乗って歌い始め,みんな仲良く,「きみ・ぼく」で呼び合える間柄になろうという合唱になります。暖かい雰囲気が宴会場にたっぷりと広がります。

その後,バレエのディヴェルティスマンのような感じになり各国の踊りが繰り広げられます。この部分では,スペイン,スコットランド,ロシア,ボヘミアといった舞曲が踊られますが,その代わりにシュトラウスのワルツやポルカが使われることもあります(近年いちばん有名なのはカルロス・クライバー版の「雷鳴と電光」です)。この部分の長さ次第で上演時間はかなり伸び縮みします。

宴会はどんどん盛り上がり,最後は序曲にも出てきた有名なワルツになります。そのうちに時計が6つ鐘を打ち(この鐘の音も序曲に出てきます),入獄予定のアイゼンシュタインと典獄長の仕事のあるフランクはそれぞれ席を立ちます。「人生には憂いはない」という合唱とともに,華やかな第2幕は結ばれます。

■第3幕 刑務所内。典獄長フランクの役室の内部をのぞむ監獄の一部
内容
第12番 間奏曲 第1幕最後に出てきた「牢獄の動機」による間奏曲が行進曲風に軽快に演奏されます。その後,幕が開きます。
第13番 メロドラマ 看守フロッシュが酔っぱらって気焔をあげたところに,典獄長フランクもやはり酔っ払って戻ってきて愉快なやりとりを繰り広げます。この部分をはじめ,第3幕は「お芝居」が見所となります。
第14番 クプレ アデーレとイーダが登場。昨夜のフランクをまだ覚えていて,本物の女優になるための応援を頼み込み,「田舎娘の格好で」というアリアを歌います。

そこにアイゼンシュタインが入獄するつもりでやってきますが,すでにアイゼンシュタイン(実ハアルフレッド)が獄中にいます。しかも,目の前の”アイゼンシュタイン”は昨晩会った”ルナール伯爵”。フランクは混乱します。「話はすべて,いすかの嘴のくい違い」
第15番 三重唱 アルフレッドとロザリンデが善後策を打ち合わせようと語り合っているところに,ブリント弁護士の服を着たアイゼンシュタインが入ってきます。アイゼンシュタインは知らぬ顔をしようとするが,まもなくたまりかねて,本来の服装に戻り,二人を懲らしめようとします。アルフレッドとロザリンデは窮地になるが,そこにロザリンデが「侯爵さま,私の胸のときめきを数えてもらいましょう」と昨夜の時計を取り出すので,形勢は逆転します。
第16番 終曲 その時,ファルケをはじめ,昨晩の舞踏会の客人たちが顔を揃え,「もう許してあげましょう」という合唱が始まります。ファルケは「仕返しにちょっといたずらをしただけだ」と説明し,アルフレッドの件もその一部とロザリンデを弁護します。アイゼンシュタインはひたすらロザリンデに許しを求めるしかなくなります。ロザリンデも「すべてはシャンパンに罪がある」とシャンペンを讃えながら水に流すことにします。結局,この作品の結論は「雨降って地固まる」ということで,「シャンパンの合唱」の陽気な合唱のうちに華やかに幕となります。
(参考文献)
最新名曲全集.歌劇.音楽之友社
(2004/09/18)