シュトラウス,R  Strauss,R.

■組曲「町人貴族」op.60

R.シュトラウスは,交響詩の作曲家であると同時にオペラ作曲家としても知られています。この「町人貴族」という作品は,モリエール原作の古典劇をもとにホフマンスタールが台本を書いた劇のための音楽です。当初は,この劇の後に劇中劇としてオペラ「ナクソス島のアリアドネ」を含むという,独特の構成で作られていましたが,それに無理があったのか,初演は失敗に終わりました。

その後,R.シュトラウスは,この演劇としての「町人貴族」を2つに分けています。劇中劇だった「ナクソス島のアリアドネ」を独立したオペラに改作し,前半の劇の方からは9曲を選んで組曲にしています。現在,一般に「町人貴族」と呼ばれているのは,この組曲版です。

「町人貴族」の原作は,1670年にルイ14世の命令によって初演されていますが,その時はリュリが音楽を担当していました。R.シュトラウスはその音楽を利用して,室内オーケストラの編成のための新古典的な感覚を持った才気走った音楽を作りました。劇の方にはバレエ・シーンもあったので,舞曲が入っているのも特徴です。

このモリエールの劇のストーリーは次のようなものです。

金持ちのジュールダン氏は町人なのにやたらと貴族ぶりたがり,哲学,剣術,音楽の勉強に励んでいます。ただしその精神を全く理解していません。その”にわか貴族”は侯爵夫人にあこがれてラブレターを書き,貴族のような服を作らせて喜んでいます。その一方,自分の娘については「貴族以外とは結婚させない」という方針で,クレオントとの結婚を認めません。クレオントは,仕方なくトルコ王子に化けてジュールダン嬢との結婚を図ります。
ということで,風刺的な内容となっています。現代的な感覚とロココ的な典雅さとが合わさった精緻な音楽にはシュトラウスの職人芸の粋が集められており,このストーリーを知らなくても十分に楽しむことができます。

楽器編成は,ヴァイオリン6,ヴィオラ4,チェロ4,コントラバス2,オーボエ2,クラリネット2,ファゴット2,ホルン2,トランペット,トロンボーンという室内オーケストラ編成なのですが,その割に打楽器,ピアノ,ハープといった楽器がたくさん使われています。そのことが独特の響きを作っています。

第1曲 第1幕への序曲「町人ジュールダン」
前半は「急速に」というテンポで始まります。”町人貴族”ジュールダンの俗物的な性格を描写した音楽です。ピアノの硬質な響きの上に弦楽合奏が現代的なのか古典的なのかわからないような弾むようなメロディを演奏します。途中からは管楽器も加わり,華やかさを増して行きます。

後半はアレグレットになり,オーボエに穏やかなメロディが出てきます。このメロディが他の楽器に引き継がれ,静かに終わります。

第2曲 メヌエット
上品ぶって貴族階級の踊りを稽古する踊る場面に使われるロココ風のメヌエットです。室内楽的な弦楽合奏の伴奏の上にフルートが主旋律を演奏します。

第3曲 剣術の先生
貴族階級を真似て剣術を習う場面の音楽です。威張った剣術の先生と臆病なジュールダンとの練習試合の様子を描いています。金管楽器とピアノが効果的に使われています。トロンボーンが豪快に主旋律を演奏した後,トランペットもグリッサンドを交えてユーモラスに引き継ぎます。その後,ピアノの華麗なパッセージが出てきます。

後半ではリズミカルになり,稽古をしている光景が描写されます。

第4曲 仕立屋の登場と踊り
独奏ヴァイオリンで示される仕立屋がジュールダンの注文した奇妙な服を持って登場する場の音楽です。木管楽器を中心とした軽やかな音楽に続いて,独奏ヴァイオリンが出て来て仕立屋の弟子がその趣味の悪さを示すようなポロネーズを踊ります。この独奏にはコンサートマスターの芸達者ぶりが発揮されます。重音を含む長大なもので大変難しいソロとなっています。最後は,ピアノが出て来て,静かに終わります。

第5曲 リュリのメヌエット
リュリの音楽をシュトラウスが編曲したものです。ジュールダンが上流階級の家で上品な音楽を聞く場面で使われます。木管楽器が主旋律を演奏した後,ここでも独奏ヴァイオリンが登場し,ホルンと絡みながらしっとりとしたメロディを紡いでいきます。

第6曲 クレオントの登場
これもリュリの音楽を編曲したものです。この音楽は,娘の恋人クレオントがジュールダンにもったいぶって挨拶をする場で使われます。くぐもったような静かな雰囲気で始まります。中間部はクレオントの陽気な性格を示してテンポが速くなります。楽しい木管合奏です。後半はシンバルやトランペットなどが入り,厳かな儀式のようなムードになり,クレシェンドしていって終わります。

第7曲 第2幕への前奏曲(間奏曲)「ドラントとドメリーヌ〜伯爵と侯爵夫人」
ジュールダンの貴族への憧れを利用して,巧みに金を吸い上げるドラント伯爵とドメリーヌ侯爵夫人が到着する場の雅やかな音楽です。ゆっくりとしているけれども軽妙な雰囲気のある曲です。対話をするような木管合奏が中心となっています。時折,甘い弦楽器の響きも入ってきます。

第8曲 宴会「宴会の音楽(ターフェルムジーク)と若い料理人たちの踊り」
皿を運ぶ人たちの行進曲で始まります。金管楽器,打楽器が加わり,宴会の雰囲気に相応しい華やかな気分にあふれた部分です。ラインのワインが出てくるとワーグナーの「ラインの黄金」が引用されたり,機知にも富んでいます。テンポが遅くなり,静かになった後,ちょっと緊張感のある雰囲気になります。

オーボエを中心にがメランコリックなメロディを演奏します。独奏チェロがしっとりとしたメロディを息長く演奏した後,不協和音や鳥のさえずりのような音を交えた描写的でユーモラスな雰囲気のある部分になります。

その後,突如フォルテになります。ピアノやハープの音を交えて急に色彩的なムードになります。流れるような弦楽合奏の中に,トランペットが突然加わったりメランコリックな音楽になったりと,起伏に富んだ活気のあるムードのまま曲が結ばれます(通常,この曲が最後に演奏されます)。

第9曲 クーラント
フランスの古い舞曲を模した音楽で,独奏ヴァイオリン,チェロなどを中心としたカノンの形を取ります。3拍子のリズムが優雅に流れて行きます。

この曲は,最後の曲となっていますが,盛り上がりに欠けるので,組曲版で演奏する場合,第5曲のリュリのメヌエットの後にこの曲を持って行くのが慣習となっています。(2004/01/24)