シュトラウス,R  Strauss,R.

■交響詩「英雄の生涯」op.40

R.シュトラウスの交響詩の総決算のような作品です。この曲のタイトルとなっている「英雄」というのは,実は,シュトラウス自身を指しています。自らを「英雄」と呼ぶ辺り,”厚顔無恥”と言われそうなのですが,この作品のスケール感と多彩な響きの充実感を聞くと納得してしまいます。もう一つ驚くべきことは,作曲者が35歳の時にこの曲を作っている点です。35歳にして自分の業績を振り返るというのは何とも不思議ですが(実際,シュトラウスはこの後半世紀も長生きします),その辺がシュトラウスらしいところかもしれません。シュトラウスはこの作品の後,交響詩を作っていませんので,交響詩の総決算的な作品だということは言えそうです。

内容としては,ベートーヴェンの英雄交響曲を意識した作品となっています(葬送行進曲はありませんが)。調性が同じ変ホ長調でホルンが活躍する点など共通する雰囲気を持っています。また,シュトラウスの作品では,「ドン・キホーテ」と対を成す作品だと自ら語っています。「ドン・キホーテ」が闘争に敗れた悲しげな騎士だったのに対し,「英雄の生涯」では成果を収めた騎士を描いていると言えます。

曲は,自由に拡大されたソナタ形式となっており,次の6つの部分から成っています。単純に言うと,起承転結といえます。ただしこれらの部分は切れ目なく続けて演奏されます。
1.英雄(第1主題部)
2.英雄の敵(移行部:スケルツォ)
3.英雄の伴侶(第2主題部:緩徐楽章)
4.英雄の戦場(展開部)
5.英雄の平和時の仕事(展開と再示)
6.英雄の遁世と成就(結尾)

1.英雄
英雄を象徴するホルン+低弦による力強い主題で始まります。この主題はかなり長く,全曲の中心主題となっています。いろいろな要素を含んでいますが,いちばん最初に出てくる低音から高音へと駆け上って行く文字通りヒロイックで誇らしげな部分が特に印象的です。この部分をはじめとしてこの曲には,8本のホルンが出てきますが,最初から最後まで主役のように活躍します。その他,「英雄の感情の暖かさ」,「タッタカター」というリズムを持つ「英雄の行動力」などいろいろな動機を対位法的に組み合わせながら,立体的に進んで行きます。その頂点に達したところで,強烈な和音となり,その後,フェルマータのついた休符で区切られ,第1部が終わります。

2.英雄の敵
続いて,木管楽器が中心となった戯画的なスケルツォ風の部分になります。ここで出てくる敵というのは英雄と人間的に対立するもので,批評家,同輩などのことです。批判することしか知らない敵たちは,フルートで表されます。チューバによって無理解と敵視の動機も出て来て,英雄はだんだん悲観的な気分になります。この辺は,英雄の主題が短調となって低音楽器で出てくることで暗示されます。続いて,「英雄の行動力」の動機が出て来て,非難や嘲笑を退けます。

3.英雄の伴侶
第3部は独奏ヴァイオリンで始まります。このヴァイオリンが演奏する動機は「英雄の伴侶」を示しています。ヴァイオリン・ソロを恋人に見立てて,英雄と2人が結ばれるまでを描いているといえます。オペラのレチタティーヴォのやりとりを,ヴァイオリン協奏曲にしたような部分で,協奏曲顔負けのヴァイオリンの名人芸が堪能できます。次第に楽劇「ばらの騎士」を先取りしたような甘美さも出てきます。この部分の最後の方では,2人を邪魔するかのように「英雄の敵」の動機が出て来きます。最後に舞台裏から突如トランペットが聞えてきて第4部に入っていきます。

4.英雄の戦場
このトランペットのファンファーレは,戦いの場に入ったことを暗示しています。ファンファーレが英雄の動機をはさんで再度繰り返された後,次第に騒々しい雰囲気になってきます。小太鼓のリズムに乗って「敵」のテーマがトランペットに出て来て,行進曲風に進んで行くのですが,3拍子で描かれているため,激しさと同時にどこかパロディ風のユーモアも感じさせてくれます。その後,4管編成をフルに使って,既出の主題を戦わせ,色彩的に展開していきます。最終的に批評家を打ち負かし,金管楽器の力強い演奏で英雄の勝利が描かれます。この部分ではホルン4本によるハイトーンが聞き所になります。英雄は満ち足りた状態になり敵の非難は弱くなります。

5.英雄の平和時の仕事
「英雄の業績」とも訳されることもあります。曲は落ち着いた感じになり,これまでのシュトラウス作品がコラージュ的に提示されます。「英雄の生涯」自体の動機に加え,「ドン・ファン」「死と変容」「ドン・キホーテ」「マクベス」「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」など,よくぞこれだけ,という感じで主題が絡み合って演奏されます。ここに出てくる曲が全部分かれば,相当シュトラウスを聞き込んでいる方と言えるでしょう。

この曲を作った時,シュトラウスはまだ30代だったのですが,回想すべきほど沢山の曲があるという点も凄いところです。この時期がシュトラウス自身の黄金時代(の一つ)だったことは確かでしょう。シュトラウスは,「英雄の生涯」以降,交響詩を作っていませんので,この部分はまさに交響詩時代の締めくくりといえます。

6.英雄の遁世と成就
第6部はさらにゆっくりとしたテンポになります。敵の批判も英雄の意欲も静まり,諦観の気分が強くなります。牧童の吹くイングリッシュ・ホルンの音も聞えてきます。闘争の動機,伴侶の動機などが回想的に出て来て,おだやかなメロディが続きます。

その中で英雄の動機がトランペットで拡大された形で出て来て,最後の盛り上がりを築きます。その後力を失い,静かに全曲が閉じられます。この辺のスケールの大きなエンディングは,国葬といった気分があります。(2004/05/09)