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シュトラウス,R.. Strauss, R.
メタモルフォーゼン:23の独奏弦楽器のための習作

1945年,第2次世界大戦の敗色が濃厚となったドイツで,80歳を越えたリヒャルト・シュトラウスが書いたのが,この「メタモールフォーゼン」です。この曲のスケッチ帳には,「ミュンヘンのための服喪」という言葉が記されていますが,連合国による総攻撃で,国立歌劇場を破壊されたミュンヘンを追悼する意図で書き始められた作品です。その発想は,ミュンヘン追悼のためのワルツとなったのですが,それだけで収まらなかったシュトラウスが1945年の3月に新たに着手したのがこの曲です。

その後,5月2日にベルリンが陥落,5月7日にドイツが無条件降伏したのですが,それを伝えるラジオのニュースに続いて流れたのがベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」の第2楽章「葬送行進曲」でした。「メタモールフォーゼン」の中にもこの葬送行進曲のモチーフがはっきりと引用されているのですが,この偶然の一致には,シュトラウス自身,感慨深かったことでしょう。この曲は,「ドイツの死」という,一つの国家の死を悼んだ痛切な曲と言えます。

同年の10月,シュトラウスはスイスに移住したのですが,その時に,パウル・ザッヒャー指揮のコレギウム・ムジクム・チューリヒにこの曲の初演を依頼することを決め,楽譜を献呈しています。初演は,1946年1月にチューリヒで行われました。

この曲のタイトルの「メタモールフォーゼン」ですが,ドイツ語のメタモーロフォーゼ(Metamorphose)の複数形で,「変容」と訳されることもあります。その名のとおり,一つの楽想を自由に維持し,変容していく作品です。ソナタ形式の展開に似ていますが,あくまでも変容にこだわっています。変奏曲とも似ていますが,それよりはより自由で主題に束縛はされていません。この言葉自体は,ゲーテが使っている言葉で,そこからの啓示を受けているとも考えられます。上述のとおり,最終的には,ベートーヴェンの「葬送行進曲」につながって行く作品で,標題音楽的な要素を持った作品となっています。

もう一つ,この曲の標題に「Studie」という言葉が入っている点も特徴です。「習作」「練習曲」という意味を持つ言葉ですが,23人の弦楽奏者からなるアンサンブルのための練習曲という意味と,楽器の扱い方についての習作としての意味とが込められているようです。オーケストレーションの大家が最後にたどり着いた境地ということで,弦楽器だけの編成にも関わらず,非常に鋭い色彩感覚が盛り込まれています。「練習曲」といいつつ,完成度の高い名作となっているのも,シュトラウスらしいところです。

編成:ヴァイオリン10,ヴィオラ5,チェロ5,コントラバス3 (通常の弦5部ではなく,各奏者が独立した23のパートを演奏するよう,23段のスコアに書かれている。それぞれの楽器がそれぞれ独立した動きを示す。)

曲は自由な3部形式で書かれています。最初のアダージョ・マ・ノン・トロッボ,4/4の部分では,この曲を通じて「変容」していく,幾つかのモチーフが呈示されます。

チェロによるゆったりとした導入の主題(A)は,半音階的な音の動きを持ち,重苦しい悲しみの気分をたたえています。この主題には,ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」のモチーフが引用されていると言われています。その後,2本のヴィオラにメロディが移ります。最初に「タ,タ,タ」と同音が連続した後,下降していくモチーフ(B)は,その後も重要な役割を果たします。続く,その他の3本のヴィオラが似た雰囲気の別の主題(C)を演奏します。

こういった素材が対位法的に絡みながら自由に進んで行きます。23の楽器を独立したパートとして扱っているので,ソリスティックに響く部分,室内楽的に響く部分,重厚な合奏として響く部分...とさまざまな音のテクスチュアを味わうことができます。転調を重ねて,変ホ短調で一旦頂点に達した後,低音部に(C)の主題が出てきます。

停滞したムードが続いた後,「いくらか流れるように」と書かれた動きのある部分になります。ヴァイオリンのオブリガードを伴って,明るいト長調で中声部に新しい主題が出てきます。その後,これまでの素材から導き出されたメロディが組み合わされ,次第にテンポを上げて情熱的な盛り上がりを見せます。この部分では,ソロ・ヴァイオリンの響きが特に印象的です。大きく下降するような印象的なメロディを演奏した後,アジタートとなりさらにテンポを早めていきます。

高音域での活発な動きが長く続いた後,動きが一旦収まり,(A)の主題が再現します。その後,テンポも最初のアダージョに戻り,最初の部分の再現部になります。ここでも主題は変容して行き,最後にモルト・レントという部分になります。そして,「In Memoriam!」と書かれた部分で,上声部の楽器が(A)を演奏する中で,ベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」の第2楽章の主題が低音楽器でしっかりと演奏されます。A〜Cのモチーフには,既に「葬送行進曲」を連想される気分があったのですが,ここではっきりとその関連性が示され,静かに曲は結ばれます。
(2009/06/20)