シュトラウス,R  Strauss,R.

■交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」op.30

この曲はスタンリー・キューブリック監督の映画「2001年宇宙の旅」で冒頭部分が印象的に使われて,一躍有名になった曲ですが,その冒頭部分以外はあまり知られていません。R.シュトラウスの曲には,冒頭だけ派手な龍頭蛇尾のような曲が結構ありますが,この曲はその典型といえます。とはいえ,そういう印象があるのは,冒頭が目立ち過ぎているだけで,それ以外の部分も十分に楽しめる作品となっています。パイプオルガンや鐘の入る曲ですので,生で聞くと特に効果があがる曲だと思います。

この曲のタイトルは,同名のニーチェの哲学書から取られています。現代の日本語では「〜はこのように語った」とすべきところですが,「〜はかく語りき」という文語体の簡潔なタイトルがすっかり定着しています。

ツァラトゥストラというのはゾロアスター教の開祖といわれる伝説的人物です。ギリシャ語でゾロアスターのことをツアラトゥストラというそうです。ニーチェの超人思想を表現した作品と言われていますが...私は読んだことがありません。R.シュトラウスは,若い頃から哲学にも関心があったようで,1880年代に書かれたばかりのこの本の影響を受けて,この曲を作曲ました。ただ,ニーチェの思想にとらわれて聴く必要はありません。多彩で豊かな響きのする,R.シュトラウスの音の世界を純粋に楽しんだ方が良いでしょう。

序奏
この曲では,ライトモチーフ的なもの(ある特定の人物,場面などを表すテーマ)が使われています。例えば,冒頭,トランペットで吹かれる「ドー・ソー・高いドー」という有名な主題は,「自然のテーマ」と呼ばれています。このテーマは,曲中に度々登場し,全曲の基本的な主題となっています。ちなみに,このテーマですが「ドー・ミー・ソー」とやると妙に落ち着いてしまうところを,「ミ」を抜いて「ドー・ソー・ドー」としたところが「ミソ」です(池辺先生のようなダジャレを言ってしまった)。そうするだけで神秘的な雰囲気になります。このトランペットの主題の後,ティンパニの派手な連打がありますが,我が家の小さな子供などはこの部分の方を面白がっています。

この「夜明け」を思わせる序奏の部分では,オルガンの重低音に続いて「自然のテーマ」が出てくるのですが,オルガンの音程というのが曲者です。我が家にある,フリッツ・ライナー指揮のCDでは,オーケストラがジャーンとやった後に残るオルガンの音の音程が狂っていて,ガクっと来ます(だけど,本当はオーケストラの方があわせるべきか?)。

この有名な序奏に続いて,「〜について」「〜の歌」などと楽譜に書かれている8つの部分が続けて演奏されます。

●後の世の人々について
低弦の上に「あこがれのテーマ」と呼ばれる上向の主題がファゴットなどで出てきます。続いて出てくるホルンのテーマは,グレゴリオ聖歌の中の「クレド(われ唯一の神を信ず)」に由来しています。その後,弦楽器によるしみじみとした感じの合奏が続き,次第に盛り上がっていきます。この辺は,弦楽器のパートが非常に細かく分かれており,陶然とする美しさです。マーラーの曲などを思い出してしまいます(ちょっとマントヴァーニ・オーケストラのような感じもありますが)。

●大いなる憧れについて
先ほどの「あこがれのテーマ」が変形されて出てきます。それに木管による「自然のテーマ」が絡み合ってきます。一瞬,オルガンで「マニフィカト」と記されたメロディも出てきます。だんだん高揚してきたところで,ハープの下降グリッサンドで次の部分に移ります。

●歓喜と情熱について
タイトルどおり情熱的な展開が続きます。クライマックス付近で,トロンボーンで,この流れに反発するような「嫌悪のテーマ」が強く出てきます。

●埋葬の歌
段々静まり返り,オーボエが嘆くように「埋葬の歌」を演奏します。上に向かおうとする「憧れのテーマ」と下向きの音の動きが絡み合いながら,静かに沈んで行きます。

●科学について
コントラバスなどの低弦で始まるによる静かでゆっくりした動きの部分です。ここでは「いちばん科学的な形式」ということで,フーガが採用されています。しばらくすると弦楽器とフルートで,幸福感のある明るく流れるような感じの新しい主題が出てきます。これが美しく盛り上がります。その後,「自然のテーマ」「嫌悪のテーマ」などが木管楽器で絡み合ってきます。この辺は同じR.シュトラウスの交響詩「ティルオイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」などを聞いているような趣きがあります。

●病より癒えゆく者
トロンボーンで,先のフーガのテーマが提示され,非常に立体的に展開します。実は,このテーマは,「自然のテーマ」とほとんど同じです。この「自然のテーマ」が強烈に演奏され,ここで一区切り付きます(LPレコードの時代はここで裏面に移ることになります)。

ここからは,ソナタ形式でいう再現部にあたります。しばらくするとトランペットで「ド・ド・ド・高いドー」という信号が出できますが,これは,奏者泣かせのとても演奏するのが難しい部分です。これが「嫌悪のテーマ」と絡みあいながら段々色彩的になってきます。

●舞踏の歌
雰囲気が変わり,独奏ヴァイオリンによるウィーンの舞曲風の軽快なワルツになります。ここはコンサート・マスターの腕の見せ所です。新しくホルンで出てくる「夜の歌」の主題やこれまで出てきたいろいろな主題が融合していきながら,華やかさを増していきます。

夜のさすらい人の歌
その盛り上がりの頂点で,鐘の音が鳴り響きます。速度がしだいに遅くなり,ロ長調とハ長調の2つの調性が並存するような感じになります。曲はこの2つの調性の基本となる和音を交互に出しながら静かに終わります。この「すっきりしない」終わり方は,初演当時論議を巻き起こしたそうですが,人間と自然の対立が永遠に続くことを示しているようです。(2001/9/29)