チャイコフスキー Tchaikovsky

■弦楽セレナードハ長調,op48

チャイコフスキーはロシアの作曲家の中で「西欧派」とされているとおり,西欧の音楽に対して強い関心を持っていました。この曲は,チャイコフスキーが特に愛着を感じているモーツァルトのセレナードを意識した作品となっています。弦楽だけの純粋な形式美,均整の取れた世界を目指しながらも,ロシア風の美しいメロディもふんだんに出てきくる名作となっています。

曲は4楽章構成ですが,調性の面からいうと,次のとおりシンメトリカルなバランスの取れた作りになっています。
  • 第1楽章序奏 イ短調
  • 第1楽章主部 ハ長調
  • 第2楽章    ト長調
  • 第3楽章    ニ長調
  • 第4楽章序奏 ト長調
  • 第4楽章主部 ハ長調
  • 第4楽章結尾 イ短調(第1楽章序奏の再現)
第1楽章 
ソナティナ形式の曲。作曲者自身,「モーツァルトへのオマージュ,模倣」と自ら述べている楽章ですが,チャイコフスキーの個性も十分に表われた楽章です。序奏はイ短調の力強い全合奏で始まります。深刻な雰囲気もありますが,どことなく甘さも漂う印象的なものです(近年この部分は,「オー人事,オー人事」というCMの中でも使われています。短い時間内で強いインパクトを出すことのできる曲ということで使われたことは名誉なことですが,そのうち,このCMのイメージが抜けなくなって困ることもあるかもしれません)。

続く主部は,「ソナティナ形式」ということで,展開部のないソナタ形式です。こちらはイ短調同様シャープもフラットも付かない調性であるハ長調になっています。シンコペーションのリズムを持つ揺れ動くような主題で,流れるように進んでいきます。第2主題は低弦のピツィカートの上でスタッカートで同音反復を繰り返すような軽やかなものです。この主題は駆けめぐるような動きにまとまっていき,大きなクライマックスを作ります。再現部は呈示部とほとんど同じです。最後に序奏の主題が再現して楽章が閉じられます。

第2楽章 
古典派の舞曲では,メヌエットが出てきそうですが,この曲ではワルツになっています。チャイコフスキーは,ワルツの名作を沢山書いていますが,その中でも特に有名な曲の1つです。単独でアンコールとして使われることもよくあります。音階を自然にのぼっていくような単純な主題なのですが,抑揚がつけられ,テンポの延び縮みもあるので,とても表情豊かな曲になっています。中間部はロ短調になり,さまざまに展開されます。再度,力強く上行するようなワルツになりますが,コーダでは次第に音量を落とし,次の楽章のムードにつながるかのように静かなピツィカートで終わります。

第3楽章
エレジーと題された緩やかな楽章です。三部形式ですが,最初の部分は短く,中間部が非常に長い構成になっています。最初の部分は,長調とも短調ともつかないような独特のムードを持っています。この上昇する音型の主題が4度反復されます。主部は甘いカンタービレになります。各楽器による掛け合いが続きます。再度,最初の部分が再現し,消えるように終わります。

第4楽章
ロシアの主題による終曲。まず,ト長調の序奏があります。全楽器は弱音器をつけ,「牧場には」という民謡から取られた主題を演奏します。主部は,雰囲気が変わりハ長調の明るく快活なものになります。このメロディは「青いリンゴの木の下で」という民謡が使われています。この辺の舞曲風の民謡主題の使い方は交響曲第4番と通じるものがあります。ヴァイオリンとヴィオラによるピツィカートの伴奏が出てきた後,第2主題になります。チェロによる歌うような旋律も民謡風ですが,これはチャイコフスキー自身が作曲したもののようです。その後,再度第1主題が出てきますので,この主題はロンド主題とも考えられます。展開部ではこの両主題が組みあわさて展開され,荒々しい盛り上がりを作ります。再現部の後,第1楽章の序奏がおもむろに再登場してきます。この再現によって曲全体のまとまりが非常に強くなっています。最後に第1主題が登場し,快活に盛り上がって全曲が終わります。(2002/9/1)