チャイコフスキー Tchaikovsky

■ 交響曲第4番ヘ短調op.36

チャイコフスキーは7曲の交響曲(マンフレッド交響曲を含めて)を書いていますが,その中でも特によく演奏されるのが第4〜6番の3曲です。この第4番は,標題音楽的なストーリーを感じさせながらも純粋な交響曲の形式の中に暗く激しい情熱が込められている作品です。チャイコフスキーが交響曲作曲家としての真価を決定した名曲と言えます。

この曲には「わが親愛なる友に」という献辞が書いてあります。この「親愛なる友」は,チャイコフスキーの後援者だったフォン=メックという裕福な夫人のことを指しています。チャイコフスキーが書いた夫人あての手紙中にはこの曲の細部についての標題的解釈が書いてあります。この時代チャイコフスキーは不幸な結婚に悩んでいた時代で,この曲にも「襲い掛かる運命と戦い,それを乗り越える」というベートーヴェンの「運命」交響曲と似た図式を組み込んでいます。

とはいえ,そういうストーリーは楽譜には全く書いてありません。美しいメロディに溢れ,最後に大きく盛り上がる起伏の大きな交響曲として単純に楽しむことのできる作品となっています。恐らく,すべての交響曲の中でももっとも盛り上がる曲の一つでしょう。

第1楽章 
ソナタ形式。曲はホルンとファゴットによる印象的なファンファーレで始まります。メック夫人への手紙によるとこのモチーフは「全曲の中核となっている運命の主題」とのことです。第1楽章の主部以外でも第4楽章にも再現してきます。この荒々しいモチーフが何回か繰り返された後,序奏部が終わり不安定な気分のある主部に入っていきます。

主部は8/9拍子で書かれており,思い悩むような弦楽器の動きを持った第1主題で始まります。これが木管楽器で繰り返されていきます。ティンパニーなども加え激しく盛り上がった後,クラリネット独奏が出てきて,第2主題部になります。メランコリックで静かな気分を持った印象的なメロディです。ティンパニが静かにリズムを刻んでいるうちに優雅なワルツのような部分になります。これが次第に力を増しドラマティックな高揚感を見せてクライマックスを築きます。

その後,「運命」のファンファーレがトランペットで演奏されて展開部に入っていきます。第1主題による展開が続きます。弦楽器を中心にメランコリックな情念が次第に盛り上がっていくような緊迫感が続き,再度「運命」のファンファーレも出てきます。それが大きく盛り上がったところで,第1主題が力強く現れて再現部になります。第2主題の方はファゴットで演奏されます。呈示部同様,静かなワルツのような部分になった後,コーダに入って行きます。

ここでも「運命」のファンファーレが合図になっています。はじめは静かですが,次第に緊迫感を煽るようなメロディが出てきて,第1主題と合わさって,悲劇的な雰囲気のまま終わります。

第2楽章 
複合三部形式。寂しさと甘さをたたえた主題がオーボエによって演奏されます。このメロディがいろいろな楽器で演奏されたり,装飾的な色合いを変えながら繰り返されていく楽章です。しばらくすると弦楽器がその寂しさを受けとめてくれるかのようにたっぷりとした副主題を演奏します。チャイコフスキーならではのロマンティックなメロディです。この部分は盛り上がり切らずにまた最初の寂しい主題に戻ります。

この応答が続いた後,ピウ・モッソの中間部になります。ここでは,ヘ長調になり,少し明るさと動きのあるメロディが管楽器に出てきて,いろいろな楽器に引き継がれていきます。次第に情熱的になり,ティンパニや金管楽器なども加わって,クライマックスを築きますが,すぐに冷静さを取り戻します。その後,主部に戻ります。前半よりもさらに装飾的な色合いを強くしながら曲は進んで行きます。最後はファゴットの静かなソロになった後,受けてくれる副主題がないまま静かに楽章が終わります。

第3楽章
三部形式。この交響曲中もっとも独創的な楽章です。三部形式からなっていますが,それぞれの部分が弦楽器だけ,金管だけ,木管だけという感じでバラバラに演奏され,最後に一緒に演奏するという形になっています。

最初の部分は弦楽器のピツィカートだけで演奏されます。第2楽章までの気分とは打って変わり,軽く酔っぱらったようなユーモラスな気分があります。せかせかとした気分が続きます。この部分は,数あるクラシック音楽の中でも最も効果的にピツィカートを使った部分なのではないかと思います。

中間部は,最初,木管楽器だけで演奏されます。ロシア舞曲のような素朴なメロディが次第に盛り上がっていきます。ピッコロのきらめきのある音が出てきた後,曲想が行進曲のように変わります。ここからは金管楽器が登場します。突如軍楽隊を思わせる行進曲調のメロディが出てきます。ここに木管楽器が再度絡んできます。

その後,最初の部分に戻りますが,今度は最後の部分で,木管楽器と金管楽器も加わってきます。ピツィカートのリズムに乗ってこれまで出てきたメロディの断片が演奏されます。最後はピアニシモになって,フッと途切れるように終わります。

チャイコフスキーは例の手紙の中で,この楽章のことを「きまぐれなアラベスク」「混乱したデタラメ」と書いていますがまさにそのとおりの楽章となっています。

第4楽章 
自由なロンド形式。いきなり爆発的な全合奏によるフォルティシモで始まります。「用意,スタート」という感じで急速に駆け下りていくような,この第1主題が繰り返された後,すぐに木管楽器によってロシア民謡「野に立つ樺の木」による第2主題が出てきます。再度,第1主題が出てきた後,狂気乱舞するような第3主題が金管楽器の華やかな音を加えて出てきます。この3つの主題が急速なテンポに乗って,繰り返され,展開され,緊張感を増しながら楽章は進んでいきます。チャイコフスキーの多彩な楽器使用法が堪能できる部分です。

途中,テンポをぐっと落とした後,第1主題冒頭の「運命」のファンファーレが金管楽器に現れて,第1楽章に戻ったような感じになります。しかし,ここで第1楽章へは戻らず,ホルンの弱音で第3主題が演奏されて,コーダに入っていきます。曲はクレッシェンドしていき第4楽章の最初と同様の爆発を見せます。その後は力強い歓喜と素朴な楽しさが続きます。シンバル,ティンパニの連打の続く躍動的なリズムに乗って強烈に全曲を結びます。これだけ盛り上がる楽章というのは他にはないくらいです。(2005/02/19)