チャイコフスキー Tchaikovsky

■交響曲第5番ホ短調,op64

チャイコフスキーの交響曲の中では,後期3大交響曲の人気が高く,実演でもよく演奏されるのですが,恐らく,その中でも最もよく演奏されているのがこの曲です。チャイコフスキー自身,初演時には,この作品のことを「大げさで不誠実」と評しており,気に入っていなかったようなのですが,暗から明へという分かりやすい構成,執拗に出てくる運命のモチーフ,次々出てくる魅力的なメロディなどの力もあり聴衆の人気は大変高く,チャイコフスキー自身も次第に自信を深めたと言われています。

その人気は,現在までも続いています。チャイコフスキーの曲には,分かりやすい作品が多いのですが,その中でも特に分かりやすい曲です(覚えやすいメロディと勇壮なクライマックス)。交響曲史上屈指の人気曲と言えます。ムラヴィンスキー,小林研一郎などこの曲を偏愛的に何回も取り上げている指揮者がいるのも納得できます。

曲は,それぞれ個性的で魅力的な4つの楽章から成っています。その4つの楽章を通じて出てくるのが,第1楽章冒頭の「運命のモチーフ」です。様々に形を変えながら随所に登場する様は,ベルリオーズの幻想交響曲と統一するところがあります。楽章の1つがワルツになっている点も共通していますので,チャイコフスキー自身,ベルリオーズの幻想交響曲を意識して作曲していた可能性もあります。

第1楽章
序奏とソナタ形式。上述のとおり,冒頭でクラリネットが暗くひっそりと演奏する「運命のモチーフ」が4つの楽章を通じて姿を変えて何度も顔を出し,全曲を統一するという,循環形式になっています。第4番の冒頭の主題も「運命のモチーフ」と呼ばれていますが,それほど威圧的ではなく,長調になったり短調になったり,いろいろ表情を見せてくれます。

第1楽章の最初はクラリネットでゆったりと提示された後,次第に虚無的な雰囲気になっていきます。それに逆らうように始まるのが第1主題です。この主題は,軽く弾むリズムの上にクラリネットとファゴットのオクターブで演奏されます。上昇しようとしながら,上昇仕切れない,前に進もうと思いながら,進めないといような切ない美しさを持っています。ポーランド民謡から取られたメロディと言われています。

この主題に変化が付けられて,繰り返され,「タッタラー,タッタラー」というリズムを強調しながら,力強く確保されたた後,非常に流麗でロマンティックな抑揚を持った推移の主題がロ短調で出てきます。チャイコフスキーのメロディの特徴である,音階をただ上昇して行くだけのメロディなのに非常に魅力的な部分です。その後,「ターラ,ターラ,ターラ,ターラ」というリズム音型との絡み合う印象的に部分になります。

続いてニ長調の第2主題が出てきます。穏やかでロマンティックが気分が広がり,「これぞロマン派の交響曲だ」という感じになってきます。いつまでも続いて欲しいなぁという気分を残しつつ,第1主題とリズム音型が絡み合った後,徐々に静まり,提示部を終わります。

展開部では,第1主題の「タッタラー...」というモチーフの執拗に繰り返しを中心に全体を華麗に盛り上げていきます。その際限のない反復は,非常に効果的で,チャイコフスキーの真骨頂が現れています。

再現部は第1主題がファゴットソロで演奏された後,提示部とほとんど同じ形で繰り返されます。コーダは,「ターラ,ターラ」の音型の後,展開部同様,第1主題のモチーフの連続強奏となりクライマックスを築きますが,最後は,前に進む足取りを止めて,コントラバスの最低音に沈み込んで静かに終わります。

第2楽章
複合3部形式。8/12,ニ長調。弦楽器による静かな導入部に続いて,チャイコフスキーの書いた多くの名旋律の中でも特に名旋律と言われる主題がホルン独奏で出てきます。翳りと憧れを含んだ,息長く甘美な歌です。ロシアのオーケストラの演奏で聞くと,ヴィブラートのたっぷりかかった独特の音が聞こえて来る部分です。ここがうまく行くと終演後,ホルン奏者を前に呼び出して,握手するような指揮者もいたりするぐらいです。

このホルンがクラリネットの低音と親密な言葉を交わした後,オーボエにメロディを渡し,ホルンはオブリガードに回ります。その副主題もはかなく甘美なものです。弦楽器の刻み音型の上に出てくる,やさしいメロディにはバレエ音楽の中に出てきそうな気分があります。これがさらにチェロなどに引き継がれて,弦楽器のカンタービレでさらに大きく膨らんで行きます。

中間部はクラリネットによる孤独なメロディで始まります。ここでは嬰ハ短調になり,拍子も4/4になります。心を揺さぶるような9連符が印象的です。このメロディが他の楽器に広がってクライマックスを作った後,突如,嘲笑うかのように運命の主題が最強音で暴力的に出てきます。この主題を良く聞くと,金管楽器が「ジャジャジャジャーン」というベートーヴェンの運命の動機で合いの手を入れていることが分かります。

これが終わった後,再現部になります。再現部では第1部とは違ったオーケストレーションがされています。第1部同様大きく盛り上がった後,コーダで再度「運命のモチーフ」が最強音で出てきた後,クラリネットの弱奏で静かに閉じられます。

第3楽章
チャイコフスキーは,3大バレエのそれぞれの中で有名なワルツを作っていますが,この楽章はそれと並ぶようなワルツです。ワルツを得意とするチャイコフスキーならではのアイデアと言えますが,上述のとおりベルリオーズの影響を受けている可能性もあります。

夢見るような艶やかさを持つワルツ主題と中間部でのバレエ音楽を思わせるような小刻みなリズムの動きとの対比が聞き物です。ただし,この楽章には優美だけれども,精神的に落ち着かない不安げな気分もあります。実際,楽章の最後にはそのことが現実となり,「運命のモチーフ」が「暗い蔭」のように出てきて,現実に引き戻そうとします。最後はそれを振り切るように力強い音で結ばれます。

第4楽章
序奏付きのロンド・ソナタ形式。楽章の最初,「運命のモチーフ」がマエストーソの指示どおり弦楽合奏で威風堂々とされます。前楽章の最後にも「運命のモチーフ」が出てきたばかりでしたので,第3楽章は第4楽章への序奏のようにも感じされます。実際,第3楽章と第4楽章を続けて演奏する指揮者もいます。ただし,ここで出てくる「運命モチーフ」はホ長調になっています。楽章の明るい結末を予測させるようです。弦楽合奏の後は,弦楽器がオブリガートとなり,管楽器の合奏で主題が演奏されます。

ティンパニのクレッシェンドの後,主部となります。主部はロンド・ソナタ形式で書かれています。精力的な第1主題が全合奏で演奏されます。優美な推移の主題は,次第に流れの良い半音階の音の動きを持ったものに変わり,何度も繰り返されます。

第2主題は細かいリズムの刻みの上に乗って,管楽器で演奏されます。高揚する気持ちが湧き上がるように展開した後,金管楽器が「運命のモチーフ」を明るく演奏して展開部に入っていきます。

第1主題,第2主題に基づく荒々しい熱っぽい展開の後,再現部となります。型どおり再現された後,金管楽器のファンファーレ,ティンパニの連打と続き,一旦全休止します(この部分で「曲が終わった」と間違って拍手するのは厳禁です)。これで壮大なクライマックスに入る準備が整いました。

コーダは,少々取って付けたように始まりますが,有無を言わさぬ圧倒的な迫力を持った部分です。悠然たる伴奏音型の上に,待ってましたとばかりに弦楽器群が長調になった「運命の主題」を朗々と演奏します。最初は金管楽器が合いの手を入れていますが,その後は,金管楽器が主題を引き継ぎ,輝かしさを増します。最後はテンポを速めて,絢爛豪華な感じをさらに増し,金管楽器による第1楽章第1主題がこちらも長調に変形されて割り込んできます。最後の最後の部分は,運命に打ち勝ったように「ジャー,ジャー,ジャジャジャ,ジャン」と念を押すように,力強く全曲が締めくくられます。

このクライマックスについては,あまりにも分かりやす過ぎると批判する人はいますが,有無を言わさず楽しめる曲であることは確かです。この皮相さと深刻さの同居は,ショスタコーヴィチの音楽に通じるロシアの音楽スタイルとも言えるのかもしれません。(2006/02/19)