チャイコフスキー Tchaikovsky

■ 交響曲第6番ロ短調,op.74「悲愴」
チャイコフスキーは,沢山の名曲を作曲しましたが,その晩年を飾る傑作交響曲です。「悲愴」という標題もチャイコフスキー自身が付けたと言われていますが,暗い情感を持った第1楽章と第4楽章をはじめとして,当時の交響曲に対する常識を裏切る画期的な内容を持った作品となっています。チェイコフスキーはこの交響曲の初演の指揮を行った9日後急死していますので,曲の内容と合わせて,「チャイコフスキー自殺説」も出されています。

この交響曲には,「悲愴」という標題はついていますが,具体的な物語を描写した標題音楽というわけではありません。人間一般の持つ「悲しみ」の情感を交響曲の形式の中に盛り込んでいる点で普遍的な魅力を持つ作品となっています。

第1楽章
序奏とソナタ形式の主部から成っている楽章です。序奏は,コントラバスの弱音による虚ろな重音の上にファゴットが低くうめくような主題を出します。この主題は他の楽器に引き継がれて行きます。

アレグロの主部は,この主題をリズミカルに変形したような第1主題で始まります。はじめは弦楽器で演奏されますが,苦悩や不安な気分がつのって行くかのように激しさを加えて展開していきます。速度がアンダンテに変わると,弦楽器によって第2主題が演奏されます。これまでの暗い気分と変わり,甘く美しい旋律です。その美しさの中に哀切さがにじんでいます。この中からリズムが生まれ,木管楽器群が夢を見るように上向するメロディを演奏します。第2主題が戻りさらに大きくゴージャスに盛り上がった後,クラリネット→ファゴットとこの主題を弱奏で演奏していきます。

この部分の音量の指定ですが,非常に細かい指示が出されていることで有名です。クラリネットが演奏する時に既にpppぐらいなのですが,音域が下がって行くにつれてpの数が増えていき,ファゴットが演奏する時には何と,ppppppと6つもpが並んでいます(どう発音すれば良いのでしょうか?ピアニッシシシシシモ?)。ただし,この超弱音はファゴットで演奏するのは至難の技ということで,実際はバス・クラリネットで演奏されることが多いようです。

この後,いきなりffになり,展開部に入ります。金管楽器が派手に活躍し,激しい戦闘を思わせるように展開されて行きます。再現部に入っても最強奏のまま第1主題は演奏されます。第2主題が悲しみを込めつつも美しく演奏された後,穏やかな気分に溢れた終結部に入っていきます。安定感のある低弦の刻みに乗って静かに終わります。

第2楽章
チャイコフスキーはワルツの名曲を沢山書いており,交響曲第5番の3楽章もワルツとなっていますが,「悲愴」の第2楽章は「5拍子のワルツ」という独創的なものになっています。この5拍子という複合拍子はロシア民謡などにはよく出てくるのですが,2+3ということで,1拍足りないような割り切れない不安定な感じになります。「悲愴」というタイトルに相応しいアイデアです。

最初にチェロで出てくる旋律は音階を昇るように軽快に流れて行きます。第1楽章が重い楽章でしたので,ホッと一息つけるのですが,どこか不安定ではかない感じが漂います。この主題はいろいろな楽器で繰り返されます。中間部は短調になります。ティンパニの刻むリズムの上に,下降して行く感傷的なメロディが出てきます。最終楽章の雰囲気を暗示させるようなところもあります。その後,主部が再現します。最後は,重い和音の上に中間部の主題の断片が演奏されて消え入るように終わります。

第3楽章
スケルツォと行進曲が合わさった楽章です。全体に暗くメランコリックな雰囲気のある曲全体の中で,この楽章だけは華やかな雰囲気があります。楽章の最初に出てくる「タタタ,タタタ,タタタ,タタタ」という細かい音の動きを持ったスケルツォのメロディは,タランテラ主題とも呼ばれます。その後,4拍子の行進曲の主題が出てきます。途中,下降する音型も何度も出てきます。

これらの主題が組み合わさって,次第に戦闘的な感じになって盛り上がって行きます。終結部では,打楽器も盛大に加わって,強烈なクライマックスを作ります。ここでもただ明るいだけではなく,破滅的な雰囲気が漂います。とてもダイナミックに終わりますので演奏会の時は,ここで拍手が起こってしまうこともよくあります。

第4楽章
全曲中,特に独創的な性格を持つ楽章です。交響曲の第4楽章といえば快活に終わるのが定番ですが,この楽章は,息が絶えてしまうかように暗く静かに終わります。

楽章の最初から痛切極まりないヴァイオリンの主題が出てきます。この主題は第1ヴァイオリンだけで演奏されているように聞こえますが,実は,第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンが交互に演奏するように書かれています。1つの楽器でメロディを演奏するよりは,すんなりと行かない,あえぐようなぎこちなさを出そうとしたのかもしれません。この主題を繰り返し,さらに痛切に盛り上がった後,少しテンポの速いアンダンテの中間部に入っていきます。

ホルンのシンコペーションの伴奏の上に弦楽器が弱音で長調の主題を出します。これが次第に盛り上がり,厚い響きになって行きます。クライマックスに達した後,主部に戻り,再度,冒頭の主題がffで再現されます。さらに激しく演奏された後,段々弱まって行き,弱音でドラが一発鳴らされます。このドラの音は弔いの鐘のように響きます(ちなみに全曲でドラが出てくるのはこの箇所だけです)。

その後は,トロンボーン3本とチューバによる重い四重奏になり,終結部へと入っていきます。中間部に出てきた主題が短調で出てきて,絶望に満ちた雰囲気になり,全曲が結ばれます。

この楽章のテンポ設定には2種類の版があります。初演の際の自筆譜ではアンダンテ・ラメントーソとなっていましたが,その後の追悼演奏会では,アダージョ・ラメントーソに書き改められています。その後はアダージョ版が踏襲されていますが,どちらが原典版なのかいまだに謎のようです。(2003/07/27)