チャイコフスキー Tchaikovsky

■ヴァイオリン協奏曲ニ長調,op.35

すべてのヴァイオリン協奏曲の中でも特に人気の高い曲です。人気の点では,メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲ホ短調と双璧です。この2曲はLPレコード時代から組み合わせて収録されることが多く,(2曲あわせて)「メン・チャイ」の略称で親しまれてきました 。ベートーヴェン,ブラームス,メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲と合わせて「四大ヴァイオリン協奏曲」と呼ばれることがありますが,旋律の美しさ,躍動感のある名技牲を堪能できる点では随一の曲でしょう。

この曲は,チャイコフスキーの曲ということで,スケールの大きい華やかさの漂う曲ですが,オーケストラにはトロンボーンが入っていません。ヴァイオリンが華やかに活躍できるように,オーケストラの伴奏も大変うまくメリハリを付けて書かれています。

現在では押しも押されぬ名曲なのですが,最初,この曲を献呈しようとした名ヴァイオリニスト,アウアーからは「演奏不能」の烙印を捺され,ウィーンでの初演も酷評されています。今から考えると信じられないことですが,名曲にはこういうことがよくあるようです(同じチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番も同様でした。)。この協奏曲については,初演を行ったヴァイオリニストのアドルフ・ブロツキーが繰り返しこの曲を演奏したこともあり,次第に真価が認められるようになりました(その後,アウアーも反省し,この曲を演奏するようになったとのことです)。

ロシア出身のヴァイオリニストをはじめとして,世界中のヴァイオリニストがレパートリーにしている曲です。この曲を弾いたことのないプロのヴァイオリニストはないのではないでしょうか。奏者からも聴衆からも愛され続けている,もっともスタンダートなヴァイオリン協奏曲と言えそうです。

第1楽章
第1楽章は曲の半分ほどの長さを締める立派なものです。アレグロ・モデラートの序奏部とモデラート・アッサイの主部から成っています。

曲は,意味ありげに問い掛ける第1ヴァイオリンの主題から始まります。これにオーケストラが合いの手を入れるようにして曲は進んで行きます。この部分を聞いただけで,聴衆の耳は曲に引き付けられてしまいます。曲は次第に盛り上がって行き,その頂点で,ふっと静かになります。その後,主役登場という感じで独奏ヴァイオリンが入ってきます。腕慣らしのカデンツァ風のアインガングの後,主部に入っていきます。

主部はソナタ形式でできています。まず独奏ヴァイオリンが小さく演奏される伴奏に乗って,ロマンティックな息遣いにあふれたのびやかな第1主題を演奏します。低音で密やかに始まって,徐々に音階を上って行くうちに情熱的な気分も帯びてきます。大変魅力的なメロディです。このメロディが華やかに展開されて行きます。

第2主題はしみじみとした表情を持つもので,ここでもまず独奏ヴァイオリンで演奏されます。この主題も次第に盛り上がって行きます。オペラ歌手の美しいソロを聞くような陶酔感も感じさせてくれます。

展開部は,トランペットの華やかな響きを交えたダイナミックな雰囲気で始まります。独奏ヴァイオリンの名人技を中心に華やかに展開された後,カデンツァが入ります。カデンツァはチャイコフスキー自身が作曲しています。その後,再現部になり,両主題が華麗に再現されます。コーダも大変力強く,全曲のエンディング?と思わせるような盛り上がりを見せて結ばれます。実演では,この部分で拍手が入ることが多いですが,それも当然のような華やかなコーダです。

第2楽章
前楽章とは打って変わって,静かな小品風の楽章になります。3部形式です。管楽器のみによるイントロに続いて,独奏ヴァイオリンが弱音器をつけて悲しげなメロディを演奏します。その中に,どこか憧れの表情があるのも魅力的です。中間部では,音の動きの起伏が大きくなり,情熱的になります。再度,最初の部分に戻り,独奏ヴァイオリンの豊かな歌が続いた後,静かなコーダになります。そのまま切れ目なく,第3楽章に移って行きます。

この楽章では,独奏ヴァイオリンは,弱音器を付けて演奏することになっていますが,最近では必ずしも守られていないようです。

第3楽章
前楽章の静けさを断ち切るかのように,オーケストラだけで「ジャン」と始まります。次に出てくる第1主題を予告するかのうような躍動感のある始まり方です。その後を独奏ヴァイオリンがちょっともったいぶったような感じで引き継いで行きます。しばらくして,独奏ヴァイオリンに歯切れの良い第1主題が出てきます。ロシア民謡風の小気味良いもので,「くるみ割り人形」の中のトレパックなどと似た性格を持っています。なお,この第1主題はかなりしつこく繰り返されるため,省略されて演奏されることもよくあります。

やがて,少しテンポを落とし,ロシアの舞曲風の味わいを持った第2主題が出てきます。この主題も次第を活気を帯び,テンポを速めていきます。その後,この2つの主題が交互に出てきて,華やかに進んで行きます。最後,第1主題をもとに熱狂的に盛り上がり,華やかに全曲を閉じます。(2003/10/03)