ヴェルディ Verdi
■歌劇「アイーダ」
1869年に完成したスエズ運河完成の記念式典用のオペラだけあって,ヴェルディの作曲した曲だけではなく,全オペラ中でももっとも豪華でスケールの大きな雰囲気のある作品となっています。作品の依頼者であるカイロの歌劇場は,金に糸目をつけず,一流のスタッフを集めましたので,初演は世界的な話題となり,大成功しています。

ドラマの舞台は古代エジプトで,第2幕にはバレエも入りますので,グランドオペラ風の華やかさとエキゾティズムを合わせ持ったスペクタクル・オペラと言えます。そのせいか,野外で上演されることも多い作品です。ヴェルディの円熟期の作品で,登場人物の感情の起伏を拡大して見せてくれるような音楽の劇的な表現力も優れています。オペラのあらゆる要素がすべて詰まった全オペラの中でも最も人気のある作品の一つです。

●登場人物とあらすじ
主人公は,エジプトの若い将軍・ラダメス(テノール)と捕虜(実ハ,エチオピア王女)アイーダ(ソプラノ)のペアです。このペアに,エジプトの王女アムネリス(メゾソプラノ)が絡んできます。この三角関係の脇を,エジプトの祭司長ランフィス(バス),エジプト国王(バス),アイーダの父・アモナズロ(バリトン)といった低音陣が固めます。その他,使者(テノール),巫女の長(ソプラノ)の他,大勢の群集,捕虜役の合唱とバレエ・ダンサーが登場します。

エジプトの祭司長ランフィスは,エチオピア征討軍の大将にラダメスを指名します。捕虜となっているアイーダ(誰もエチオピア王女だとは知りません)は,愛するラダメスに勝ってほしいけれども,その結果は祖国エチオピアの敗北を意味します。

ラダメスのエチオピア征討の結果,アイーダの父・アモナズロも捕虜にされてしまいます。アモナズロは,ラダメスから軍事上の秘密を聞き出すよう,アイーダに命じます。アイーダは最初は断りますが祖国のために承諾します。ラダメスはアイーダの巧みな質問につい軍事上の秘密をもらしてしまいます。それをエジプト王女アムネリスに目撃されてしまい,ラダメスは逮捕されます。

アムネリスは,アイーダを捨てて自分を愛してくれるならば命は助けようと言いますが,ラダメスは断ります,ラダメスは地下牢で生き埋めにされることになります。そこにはいつの間にかアイーダが来ており,二人は一緒に死を迎えます。
●台本
イタリア語。マリエットの原案,カミュ・デュ・ロークルのフランス語台本からギスランティーニがヴェルディの協力を得て完成させています。

●時代・場所
古代ファラオ全盛時代のエジプトが舞台です。首都メンフィス(1,4幕)とテーベ(2幕)が舞台です。3幕にはナイル河畔が出てきます。

●初演
1871年12月24日,カイロ劇場

前奏曲
ヴェルディの歌劇にも「運命の力」「シチリア島の夕べの祈り」のように立派な序曲の入る作品はありますが,どちらかというと,短く控え目で本編に自然に入っていくようなものが多いようです。「アイーダ」の前奏曲もそういうタイプに属します。2つの主題が対位法的に組み合わされて出来ている音楽です。ヴァイオリンの高音に出てくる繊細なメロディがアイーダを表し,重々しく下降する動機が祭司たちを表しています。地味ながら,オペラ全体の悲劇性を暗示するような曲となっています。中間で数回盛り上がった後,静かに第1幕に入っていきます。

第1幕 
第1場
 メンフィスの王宮の広間
メンフィスは,古代エジプトの初期王朝の首都だった古代都市です。カイロの南約25kmのナイル川沿いにあります。というわけで,舞台にはピラミッドなどが見えるエキゾティックな光景が広がっています。祭司長ランフィスがエジプトの若い武将のラダメスに,イシスの女神からエチオピア征討の神託があったことを告げて退場します。この後,ファンファーレに続いて出てくるのが有名なアリア「清きアイーダ(Celeste Aida)」です。自分が将軍に任命されたら勝利の恩賞としてアイーダとの結婚の許可をもらおうと情熱を込めて歌われる曲です。最高音は変ロ音なので超高音というわけではないのですが,ドラマが始まったばかりですので,歌う方としてはかなりプレッシャーを感じる曲のようです。アイーダを思う気持ちを朗々と歌った後,最後にこの変ロ音を長く伸ばして終わる甘い曲です。実は,テノール単独でのアリアの出番は,この後ほとんどありません。

続いて,ラダメスに想いを寄せるエジプト王女アムネリスが,優雅なメロディとともに入ってきます。アムネリスも単独のアリアはないのですが,重唱をはじめとしてドラマ全体の中では大変重要な役割を果たします。その後,アムネリスの侍女をしているアイーダが前奏曲のメロディに乗って現れます。態度の変化を怪しむアムネリスと,悟られまいとするラダメス,不安におののくアイーダと三者三様の重唱となります。

奥の方の扉が開いてファンファーレが響いた後,エジプト王が高官や家来たちを従えて入ってきます。使者がエチオピア王アモナスロの軍勢がテーベに迫っていると報告すると,一同は怒ります。王はラダメスを征討軍の大将に任命し,アムネリスから軍旗が渡されます。音楽は行進曲調になり,アムネリスの「勝ちて帰れ(Ritorna vincitor)」の声に続いて,人々もラダメスを励まして唱和して送り出します。その後,アイーダの有名なアリア「勝ちて帰れ」になります。祖国エチオピアへの思いと恋人への愛の板ばさみになった気持ちを歌うドラマティックな曲です(この曲はアリアではなくシェーナという形式で作られています)。最後は神に祈る形で終わります。

第2場 メンフィスの王宮に続く火神(ヴルカン)の神殿の内部
香煙が揺らぐ神秘的な雰囲気の場です。奥の方から巫女たちが火神をたたえるエキゾティックな歌が聞こえてきます。祭司たちの祈りと巫女たちの神聖な踊りが奉納された後,祭司長ランフィスからラダメスに神剣が授けられます。巫女たちの歌と荘厳で狂信的な合唱が繰り返されます。ffとppが対比されながら,壮大なクライマックスを築いて幕が下ります。

第2幕
第1場
 テーベにあるアムネリスの居間。
第1幕から数日経っています。エジプト軍の凱旋をアムネリスがテーベで待っています。アムネリスは豪奢な衣装を着て座っています。この第2幕はバレエ・シーンをふんだんに取り込んだ大変豪華な幕です。

女奴隷たちが王女の幸を歌い,踊りを見せながらアムネリスの装いを手伝います。そこにアイーダが現れます。ラダメスとの関係を暴こうとする二重唱が始まります。アムネリスはラダメスが戦死したと偽り,アイーダの本心を暴露させます。その後,国王の娘もラダメスを愛していると居丈高に言い放ち,「お前は恋敵」「苦しめ,苦しめ」とアイーダを責め抜きます。祝賀の音楽が遠くから聞こえてきて,アムネリスは,「私の力を見せてやろう。お前も来なさい」と言って立ち去ります。アイーダは,再度悲痛な訴えをして幕となります。

第2場 テーベの都の門の一つ
いわゆる凱旋の場です。すべてのオペラの中でももっとも華麗だと言われています。第1場と同じ日です。

舞台上の演奏で行進曲が始まり,幕が開きます。大群衆がつめかける中,国王が高官,祭司たちを従えて集まってきます。ここで国王と神と祖国をたたえて歌われるのが有名な合唱「エジプトとこの聖なる地を守りしイシスの神に栄光あれ」です。引き続いて,これまた有名な凱旋行進曲になります。ここで大活躍するのが通称アイーダ・トランペットと呼ばれる細長ーいラッパです。その勇壮な響きに乗って,兵士たちが凱旋して国王の前を行進して行きます。続いて,戦勝品持った女性たちによるバレエの場になります。

その後,ラダメスが到着し,国王は戦功を賞します。アムネリスは冠をかぶせます。「望みはあるか?」という国王の言葉に対して,ラダメスはエチオピアの捕虜を解放して欲しいと言います。その中に,エチオピア王アモナズロが含まれていたのでアイーダは驚きます。

アモナズロは,アイーダの父とだけ名乗り,王は戦死したと偽り,エジプト王の慈悲を乞います。ここで出てくる美しいメロディは第3幕でも出てきます。捕虜たちが慈悲を求める音楽も大きく盛り上がります。祭司ランフィスは捕虜の解放に反対しますが,民衆たちは捕虜に同情します。結局,ラダメスの願いで,アイーダの父以外は解放されることになります。その一方,ラダメスをアムネリスの夫として国の後継者とすることが宣言されます。アイーダが絶望する中で,再び,大合唱が再現し,華やかな場が結ばれます。

音楽的な華やかさの裏で,各登場人物の思惑が揺れ動く,見ごたえたっぷりの場です。

第3幕 第2幕から数日後の星月夜のナイル河畔。
弱音の弦とフルートで星月夜の雰囲気が描かれます。明日に婚礼を控えたアムネリスが近くの神殿に入ります。前奏曲の旋律とともにアイーダが,ラダメスと会うために人目を避けるように登場します。「ラダメスが別れを切り出したら,ナイルに身を投げよう」という覚悟で,南の空を仰ぎながら「おお,わが故郷(O partia mia)」をオーボエの前奏に続いて歌います。憂いに満ちた雰囲気と,弱音での超高音が聞き所の名アリアです。

そこにアモナズロが不意に現れ,エジプト軍の配備を探るようにアイーダに命じます。「お前は国王の奴隷だ!」とアモナズロが迫力たっぷりに迫ります。ラダメスを裏切る恐ろしさに震えながらも,祖国のために泣く泣く承知します。ここで出てくる低弦の響きが印象的です。

アモナズロが姿を隠すと入れ違いにラダメスが入ってきます。本当に愛するなら二人で国から逃げましょうとアイーダが説き,二重唱になります。ラダメスは故国を捨てることを躊躇しますが,ようやく逃げる決心をします。どの道から逃げるのが良いかアイーダが尋ねたところ,「軍備のないナパタの谷」とラダメスは思わず軍事上の秘密を教えてしまいます。アモナズロが陰から飛び出し,驚くラダメス,取りすがるアイーダによる緊迫した3重唱になります。

その後,神殿から兵士を連れたアムネリスも現れます。アイーダ親子は逃げ,ラダメスは自ら剣を差し出して,逮捕されます。

音楽的には第1,2幕で使われる曲の方が有名ですが,ドラマの上では第3幕がいちばん劇的で密度の濃い展開を見せる場となっています。

第4幕
第1場 数日を経たメンフィスの王宮
アムネリスがただ一人,破れ去った恋の悩みに耐えかねています。ラダメスを呼び,「思い直せば延命しよう」と口説きます。バス・クラリネットの3連音の伴奏で始まる暗い二重唱になります。ラダメスは,アイーダが逃げ延びたことを知り喜びますが,アムネリスの言葉には応じません。ラダメスは衛兵に囲まれ,地下の穴倉に下りていき,アムネリスは「私があの男を殺したのだ」と絶望します。

ランフィスと祭司たちが地下に入って裁判が始まります。ランフィスはラダメスに弁解を求めますが,返事はありません。舞台裏からトランペット,トロンボーンと大太鼓の音が響いてきます。責める声が3回聞こえてきますが,返事はなく,ラダメスは床下に生き埋めにされることになります。出てきたランフィスに,アムネリスは無実を訴えますが,裏切り者だと答え,取りつく島もありません。アムネリスが錯乱する中でこの場は終わります。この場は特にアムネリスの見せ場と言えます。

第2場 上段はヴルカンの神殿,下段は地下室,という二重舞台の場。
ラダメスは,恋人のことを思いながら地下室で死を待っています。その時,ラダメスと死を共にするために,アイーダがあらかじめこの部屋に潜んでいたのを見つけます。二人は天上で結ばれる喜びを歌います。

巫女や祭司たちの神前での歌と踊りが始まります。ラダメスは重い石を押しのけようとしますが動きません。非常に美しい愛の二重唱が続き,二人は相抱きながら現世に別れを告げるように目を閉じます。弦のトレモロのクレッシェンドの響きが感動的です。神殿には,喪服に身を包んだアムネリスが現れ,愛する男の冥福を祈りながら,消え入るように全曲が終わります。(2003/09/07)