ワーグナー Wagner

■歌劇「タンホイザー」
ワーグナーの初期の歌劇を代表する作品です。完全な題名は,「タンホイザーおよびワルトブルクの歌合戦」というもので,ワーグナーの他の作品でもそうであるように,ヨーロッパに伝わる伝説を題材にしています。

騎士タンホイザーは,ワルトブルク領主の姪エリザベートと清らかな恋愛関係にありましたが,官能の愛を求めてヴェーヌスブルクに出かけ,妖艶なヴェーヌスのとりこになります。その歓楽に飽きたタンホイザーは,ワルトブルクに戻ってきます。そこで騎士たちの歌合戦が始まります。タンホイザーは他の騎士の歌う純愛をあざ笑い,官能をたたえるので,人々に追放されます。タンホイザーは,ローマ法皇の下に罪の許しを乞いに出かけますが,許しは得られず,自暴自棄となってさまよいます。そのうちに,再び,ヴェーヌスへの誘惑に駆られます。タンホイザーの友人ヴォルフラムは,そのことを思いとどまらせようとして,タンホイザーを救うために犠牲となったエリザベートの名を呼びます。タンホイザーの罪は彼女の犠牲によって許されましたが,彼女の死骸にすがるタンホイザーも息を引き取ります。巡礼の僧杖に新緑が芽生えて幕となります。

●台本
ドイツ語。ワーグナー自身が書いています。

●初演と2つの版
初演は,1845年にドレスデンで行われていますが,その後,ワーグナー自身によって数箇所手直しされています。その後,1861年のパリ上演に際して,パリの聴衆の趣味に合わせて序曲に続いてバレエの場面を取り入れるなど大幅な変更がされています。このように,タンホイザーにはドレスデン版,パリ版の2つのものがあります。華やかな雰囲気のある,パリ版の方が上演される機会は多いようです。

■序曲
歌劇を離れても,オーケストラの演奏会などで頻繁に演奏される名曲です。曲は歌劇の中の重要な要素を表す主題を中心に構成されています。物語全体を圧縮しているとも言えます。基本的には,敬虔な巡礼の合唱の間に官能的なヴェーヌスブルクの音楽がはさまれた3部形式となっています。

まず,ゆったりとしたテンポで「巡礼の合唱」が管楽器によって演奏されます。弦楽器が加わって,次第に盛り上がります。トロンボーンによってこのテーマが荘厳に演奏されます。弦楽器の伴奏の下降する音型も印象的です。この辺には星の広がる夜空を見上げるようなスケール感があります。次第に巡礼が遠ざかっていくように音が弱くなった後,ヴェーヌスブルクの世界になります。

すばやく弱音で駆け上がっていくような「歓楽の動機」,木管楽器による「シレーネの呼び声」の後,弦楽器で力強く「ヴェーヌスの賛歌」が演奏されます。これらが組み合わされて次第に盛り上がっていきます。途中,クラリネット独奏とヴァイオリン独奏が入ります。ここで出てくるのが「ヴェーヌスの動機」です。その後,また音楽は盛り上がって行きます。

シンバルの一撃の後,テンポが速くなり,「シレーネの呼び声」がヴァイオリンの速い動きで演奏されます。次第に,ヴェーヌスの世界は遠くなり,管楽器に巡礼の合唱が聞こえてきます。最後は,前半よりもさらに壮大に盛り上がり序曲は終わります。

パリ版では,この序曲は終わらず,引き続いて,ヴェーヌスブルクの場になります。この音楽は狂宴の場ということで,華やかに展開していきますが,次第に「トリスタンとイゾルデ」などを思わせる雰囲気に変わってきます。最後の方には巡礼の合唱も聞こえてきます。

CD録音などでは,序曲とヴェーヌスブルクの音楽という形で収録されることもよくあります。

なお,2003〜2004年にかけてフジテレビで放送された唐沢寿明主演のテレビドラマ「白い巨塔」の中では,唐沢扮する外科医・財前五郎が手術前の”イメージ・トレーニング”の時にこの曲の一節を口ずさんでいました。彼の権力志向を象徴するような選曲でした。(2004/02/04)