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ワーグナー Wagner
ヴェーゼンゴンクの5つの歌 Weswndonck-Lieder

オペラ作曲家として知られるワーグナーの「オペラ以外」の作品で特に重要な作品の一つがこの歌曲集でしょう。ワーグナー自身,「この歌ほどすぐれた歌を書いたことがないし,私の全作品の中でもごく少数のものだけがこれと比較できる」書いているほどの自身作です。

1848年のパリの2月革命の影響で,1849年にドレスデンで革命が起きます。当時,ドレスデンの宮廷指揮者の立場にあったにも関わらず国民軍側に立って政府軍に抵抗していたワーグナーは,当局からの逮捕状によって追われる身になります。以後,ワーグナーは13年にわたって亡命生活を送ります。最初はスイスのチューリヒで過ごしましたが,その9年間は,「ニーベルングの指輪」に着手するなど,ワーグナーの創作上の転機となりました。

このチューリヒでワーグナーはオットー・ヴェーゼンドンクという芸術を愛する富豪(いわゆるワグネリアンですね)と知り合います。その夫人がマティルデ・ヴェーゼンドンクです。夫妻はワーグナーに多額の援助を行い,ワーグナーはチューリヒ郊外に新築したヴェーゼンドンクの邸宅の隣の住居に住むことになります。そして,ワーグナーとマティルデ夫人との恋愛が始まります。

ワーグナーは,執筆を始めていた「指輪」の作曲を中断し,「トリスタンとイゾルデ」に着手します。この作品は「マティルデへのかなわぬ恋」から出来た傑作と言えます。そして,この「トリスタン」の台本に感銘を受けて,マティルデが5つの詩を書きます。この詩に音楽を付けたのがこの歌曲集です。「トリスタン」同様,深い愛の悩みのさなかにある2人の想いの反映のような歌曲作品に結晶しています。音楽的にも「トリスタン」と同じ素材が作られているなど,「トリスタン」の先取りとなる転調や和声進行が使われているのが注目されます。

曲はもともとピアノ伴奏用に作られましたが,その後,マティルデの誕生日に第5曲「夢」をワーグナー自身がオーケストラ伴奏用に編曲。その他の4曲についても,その後,モットルがオーケストレーションを行っています。現在では,このオーケストラ伴奏版で歌われることが多くなっています。

管弦楽伴奏版:フルート2,オーボエ2,クラリネット2,ファゴット2,ホルン4,トランペット,ティンパニ,弦五部

第1曲 天使 Der Engel
ト長調,4/4
マティルデが敬愛するワーグナーとせめて天国ででも結ばれることを願っているような内容の歌詞。短い前奏に続いて,穏やかに歌われます。音楽はひそやかかな情熱をこめて清純な美しさで流れていきます。

第2曲 とまれ Stehe still!
変ホ長調,6/8
絶えずめまぐるしくめぐってゆく宇宙のながれの中で,悩みを知った自分の心が語られた内容で,あわただしい伴奏音型に乗って歌われます。途中,旋律の形が少し変わって,恋の悩みと高まりが暗示されます。曲はやがて穏やかになり,悩みを知ったあとの,心のはかなさ,むなしさ,そして遠いしずけさへの憧れが歌われます。後奏では,音がだんだんと鎮まり,静かな和音で曲を閉じます。

第3曲 温室にて Im Treibhaus
ニ短調,6/8
この曲の重要な楽想が,楽劇「トリスタンとイゾルデ」の動機として用いられたので,「トリスタンへの習作」と言われています。内容は,温室の植物に寄せて,結ばれない愛へのあきらめを歌ったものです。曲は,わびしい憧れと,晴れない悩みを象徴するような前奏で始まります。この部分は,「トリスタン」の第3幕の前奏曲の素材ともなっています。また,第1幕の前奏曲の冒頭の動機の中の,木管で演奏される部分と似た,やるせない印象を与えます。やがて夜の闇を願う部分で,曲は暗く神秘的になります。

第4曲 悩み Schmerzen
ハ短調,4/4
自分の恋の悩みの深さを,夕べに沈みゆく太陽に託して歌った曲。強い音が下行していく前奏は,夕べの太陽の象徴のように感じられます。歌い終わった後の後奏は,強弱の交替がはげしく,落ち着かない不安な心をよく表しています。

第5曲 夢 Traum
変イ長調,3/4
この音楽は,「トリスタン」第2幕の愛の二重唱に用いられています。せめて夢に託しての愛を歌ったはかなげな曲です。前奏では,ppの和声的な音型が持続して流れ,その後,ひそやかに歌い始めます。最後は,前奏とおなじ気分になり,かなり長い後奏がだんだんと鎮まってひそかに曲を閉じます。

(参考文献)
作曲家別名曲解説ライブラリー2.ワーグナー 音楽之友社,1992

(2019/02/16)