オーケストラ・アンサンブル金沢第67回定期公演
97/8/31金沢市観光会館

1)黛敏郎/パッサカリア(絶筆−未完)(世界初演)
2)黛敏郎/パッサカリア(絶筆−未完)
3)江村哲二/室内協奏曲「シンポジオン−プランタン」(黛敏郎へのオマージュ)(世界初演)
4)メンデルスゾーン/ヴァイオリン協奏曲,ホ短調,op.64
(アンコール)曲名不明
5)ビゼー(シチェドリン編曲)/カルメン組曲
(アンコール)
6)ビゼー(シチェドリン編曲)/カルメン組曲〜ボレロ
7)Schinstine,William J./Rock Trap
●演奏
諏訪内晶子(Vn*4)岩城宏之/OEns金沢

今回のオーケストラ・アンサンブル金沢の定期演奏会はこのオーケストラにとって記念すべき演奏会になりました。まず,黛さんの未完成の遺作を世界初演したこと。そして,会場の通路がなくなるほどお客さんが入ったということがその理由です。お客さんが溢れたのは明らかに主催者側のミスなのですが,こういう熱気のある会場というのも祝祭的な感じが高まってたまには良いものです。大入り袋(中には5円玉が入っていました。)を演奏会でもらったというのも初めてのことです。

今回のコンサートが完全満席になったのは明らかに諏訪内さんのお陰なのですが,それに先立って,まず,世界初演曲が2曲演奏されました。 最初の曲は,黛さんの絶筆となった「パッサカリア」です。4分ほどで中途半端に終わってしまってしまうのですが,意表を突く意外な作品でした。低音の繰り返しの上にいろいろな音が出て来るのですが,なんと,バッハのブランデンブルク協奏曲とかモーツァルトの40番交響曲とかベートーヴェンの第7交響曲とかの断片がはっきりと出てきます。音楽史をたどっているような感じだった(「題名のない音楽会」風か?)のですが,ベートーヴェンの断片が終わったところで途切れてしまいます。こういう風に終わられると先を聴きたくなるのが人情です。短い曲ということで,この曲は2回演奏されました。

次の曲は黛さんへのオマージュというサブタイトルのつけられた江村さんという若い作曲家の作品でした。この曲は,岩城さんが今年の春(黛さんが亡くなる直前だったそうですが)に急遽委嘱した作品で,室内オーケストラ用の作品です(黛さんの曲も岩城さんがOEK用に委嘱したものなのですが,トロンボーンとチューバまで入っていました。)。江村さんという方は黛さんが審査した芥川作曲賞を受賞した方ですが,黛さんの曲とは全然違う感じでした。高音が目立つ曲でしたが,1回聞いただけではあまり面白いとは思いませんでした。

3曲目にいよいよ諏訪内さんが登場しました。まず,音がクリアなのに感動しました。有名な曲なので私にも細かいミスはわかったのですが,それにもかかわらず完成度の高い演奏という印象を持ちました。すべての表現がこなれているからです。プロ野球の解説風に言うと「一つも棒球がない」という感じです。それだけじっくりと聴かせてくれました。特に弱音の表情が素晴らしく,音が小さくなるほど集中して聴き入ってしまいました。それでいて3楽章の切れ味もよく,伸びやかな感じにも欠けていません。この過不足の無さと浮ついたところのないところがこの人のいちばん良い点だと感じました。当然のことながら拍手が鳴り止まず,ヴァイオリン・ソロのアンコールが1曲ありました。

この曲の時,オーケストラのフルートのトップにはウィリアム・ベネットさんらしき人が座っていました。東京の演奏会の時,イベールの協奏曲を吹くはずなのですが,わざわざ金沢まで同行していたようです。なお,東京でもこの演奏会と同様のプログラムの演奏会があるのですが,メンデルスゾーンのソリストは諏訪内さんではありません。吉本さんという金沢出身の若い女性です。諏訪内さんと比較するのは酷ですが,地元出身ということで応援しています。東京では諏訪内さんの代わりにウィリアム・ベネットさんということだと思いますが,これだと結構長いコンサートになりますね。

後半は,CDにもなっているビゼー(シチェドリン編曲)のカルメン組曲です。岩城さんはこの曲が好きなのだな,というのがわかるような生き生きとした演奏でした。弦楽器と打楽器5人だけの編成なのですが,当然のことながらCDで聴くよりは打楽器に迫力がありました。テンポもCDで聴くより速めでした。いろいろな打楽器を持ち替えて演奏する様子は見た目にも楽しめました。この曲はまじめに作ったのかふざけて作ったのかわからない独特の雰囲気があります。弦楽器がまじめに弾いているところに打楽器がちょっかいを出す,という感じが面白いところですね。

アンコールの曲は,最初は,カルメン組曲の中の1曲だったのですが(「アルルの女」のファランドール。なぜかこのカルメン組曲には入っています。),2曲目には大活躍した打楽器奏者だけによる非常に変わったパフォーンマンスがありました(曲というよりはパフォーマンスです。)。打楽器奏者が1人づつソロソロと指揮者の当たりに出てきて,太股を叩いたり手拍子を取ったりして,5人で(岩城さんも入れると6人)で体だけでパチパチと曲を演奏し始めました。始めは何が起ったのかわかりませんでしたが,だんだん曲らしくなってくると会場もだんだん盛り上がってきました。オーストラリアかどこかのラグビーチームが気合を入れるためにやるようなパフォーマンスのようにも見えました。東京の演奏会でも興に乗ればやってくれるかもしれません。

というわけで,内容がバラエティに富んでいた上,演奏も充実しており,お客さんも大喜びでした。多少座席が窮屈でしたが,そのことも合わせ強く印象に残る演奏会になりました。この演奏会はNHKが収録していました。そのうちFMかBS,教育テレビあたりで放送されると思います。

PS.会場の売店で「岩城宏之の特集」という本を売っていたので買ってきました。最新刊です。「話の特集」という雑誌に掲載された岩城さんのエッセーや対談をまとめたものです。黛さん,武満さんとの(音楽以外のことについての)対談なども載っており,今となっては貴重なものかもしれません。最後の方にニフティのメールを使っているようなこともちらりと書いてありました(フォーラムのことは書いてありませんでしたが)。