オーケストラ・アンサンブル金沢第68回定期公演
(実ハ、フランツ・リスト室内管弦楽団演奏会)

97/10/10 金沢市観光会館

1)バルトーク/弦楽のためのディヴェルティメント
2)モーツァルト/ホルン協奏曲第1番ニ長調,K.412/524
3)モーツァルト/ホルン協奏曲第4番変ホ長調,K.495
4)シューベルト(マーラー編)/死と乙女(弦楽合奏版)
(アンコール)
5)バルトーク/ルーマニア民族舞曲
6)モーツァルト/ディヴェルティメント,K.136〜第2楽章
●演奏
ラデク・バボラク(Hrn*2、3)/フランツ・リスト室内O

今回報告する演奏会は,「タイトルに偽りあり」の大変珍しいものです。オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)は毎年この時期にゲスト・オーケストラを招いています。一昨年は,京都市響を,昨年は東京響を招き,年に一度フル・オーケストラを聴いてきましたが,今回はOEKと同じ室内オーケストラということになりました。一昨年は,OEKの主席チェリストのカンタ氏がソリストとして登場し,昨年はOEKとの合同演奏会だったので,定期演奏会が丸ごと「乗っ取られる」のは初めてです。合同演奏会は,定期演奏会というより「お祭り」になるので,こういう形の方が「正しい」とは思いますが,年に一度フル・オーケストラを聴いてみたいとも思います。

まず,ステージの上の椅子がやけに少なく感じました。広いホールだけにかなり寂しい印象でした。曲目にもよるのでしょうが,全部で20人ほどしかいませんでした。オーケストラというよりは室内楽に近い感じです。指揮者はなしですが,「全員がソリスト」のモスクワ・ソロイスツなどとは違い,リーダーのヤーノシュ・ローラ氏が主導権を握っている感じでした。オーケストラの第一印象は,「年寄りが多い」というものでした。若い女性の多いOEKを見慣れているせいかもしれません。その分,非常に渋くプロっぽい雰囲気が漂っていました。

1曲目のバルトークは,完全に手の内に入っている演奏でした。第1ヴァイオリンを除く低音部からさりげなく曲が始まったのが意外でした(全員一斉に弾きはじめるのかと思っていたので)。そのさり気なさがこの曲を弾きなれていることを示していました。音色は渋く,バルトークにはぴったりでした。その一方,鋭い強い音を全員で弾くような箇所では,アンサンブルが気持ち良く決まっていました。テンポが伸び縮みする曲なのに指揮者なしでアンサンブルが乱れないのも流石でした。特に第3楽章の最後にぐんぐんテンポを上げていくあたりが聞きもので(その前に一瞬ガボット風ののんびりした雰囲気になるのも面白かったのですが),聴衆も喜んでいました。

続いて,モーツァルトのホルン協奏曲が2曲演奏されました。続けてではなく間に休憩を挟んでいます。ソロはラデク・バボラクという現在ミュンヘン・フィルの主席ホルン奏者を勤める若い奏者でした。プログラムによると1976年生まれということで,現在21歳ということになります。1967年の印刷ミスかとも思ったのですが,スポーツ刈のような頭髪で登場した姿を見ると,21歳でも不思議はありませんでした。演奏は大変素晴らしいものでした。ホルンという楽器は,失敗しないか冷や冷やしながら聞くのが当たり前と思っていたのですが,そういう雰囲気が皆無で,無理な力みがありませんでした。モーツァルトは第3番の協奏曲以外ほとんど聞いたことはなかったのですが,そういう地味な曲だからこそ,音の柔らかさとか美しさが際立っていました。第1番の方は,50%ほどの力で吹いている感じで,伴奏とのバランスも大変良かったです。第4番の方も同様でしたが,規模がもう少し大きいだけあって,演奏にも力が入っていました。演奏自体にこれといった特徴はないのですが,その滑らかで伸びやかな音を聞いているだけで,限りない将来性を感じました。

最後は,このところよく聞かれるシューベルト(マーラー編曲)の「死と乙女」の弦楽合奏版です。先日,別のメッセージにも書いたとおり今年になってこの曲を聞くのは2回目です。オルフェウス室内管弦楽団の方が,音が華やかで,洗練されていましたたが,後から強く印象に残るのはきっと今回の演奏だと思います。 前回同様,弦楽合奏版でも全然違和感なく聴けました(時々,コントラバスの音が聞えて来た時に「いつもと違う」のを意識したぐらいです。あと,第2楽章の第1変奏はヴァイオリンがソロの方がなんとなく好きです。)。さすがに1楽章や3楽章の冒頭は弦楽合奏だとシンフォニックな気分になります。

いかにも難しそうなバルトークの曲の時でさえ,皆さんあまり体を動かさず弾いていたのですが,この曲のときは,リーダーのヤーノシュ・ローラさん(この人の名前は結構目にするのですが,ローラ・ボベスコと混同して,漠然と女性かなと思っていました。考えてみるとヤーノシュというのは男性の名前ですね。)をはじめとして,かなり激しく体を動かしていました。そのせいもあってか音のアタックが非常に強く,アクセントがはっきりとしていました。この楽団は,コントラバスが1人しかいないにも関わらず個々の人の音色が渋くて強いせいか,音の重心が低いような気がしました。その特徴は,バルトークの時同様,死と乙女にもふさわしいものでした。アンサンブルが良く,強い音が出て,感情に流されない,といった特色は先日亡くなったショルティをはじめとするハンガリーの音楽家の好みかもしれません。音色がもう少し華やかでも良いかな,という気もしましたが,こういう単色の強い音楽というのにも引き付けられるものがあります。

というようなわけで,会場も盛り上がり,アンコールがありました。1曲目は,民俗色たっぷりのバルトークのルーマニア民俗舞曲でした。ローラさんの渋いソロをはじめとして,まさに十八番でした。会場はますます盛り上がり,ハンガリー舞曲か?という雰囲気もあったのですが,そういう安易なことはせず,最後はモーツァルトのディヴェルティメントの穏やかな楽章でした。小沢さんがサイトウ・キネンとよくやる曲ですが,そのウェットな演奏とは正反対の非常に淡々とした演奏でした。私はこの方が好きです。コンサートの盛り上がりを穏やかに静めてくれるには良い選曲でした。結果としてディヴェルティメントで始まりディヴェルティメントで終わることになりました。

最後に楽団員全員が一斉にお辞儀をしてお開きになったのですが,その団員全員が引っ込むまで拍手が続きました。演奏も良かったのですが,このコンサートは,観客もなかなか素晴らしかったのではないか,と思いました。これを機会にOEKもハンガリーに招いていただけるといいな,と思います。

OEKの方は,現在ドイツに行って,ヘルマン・プライ氏と「冬の旅」の管弦楽伴奏版を共演しています。これを機会に金沢という地名の知名度が高まれば,応援しているものとしても嬉しい限りです。