横山幸雄ピアノ・リサイタル
97/10/21金沢市民芸術ホール

1)ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第23ヘ短調,op.57「熱情」
2)リスト/超絶技巧練習曲集〜第1,10,11,12曲
3)ショパン/バラード第3番変イ長調,op.47
4)ショパン/2つの夜想曲,op.55
5)ショパン/3つのマズルカ,op.59
6)ショパン/スケルツォ第4番ホ長調,op.54
(アンコール)
7)ショパン/夜想曲ホ長調,op.62−2
8)ショパン/マズルカ??
9)ショパン/夜想曲変ロ短調,op.9−1
●演奏
横山幸雄(Pf)

今回報告する演奏会は,JR金沢駅前の室内楽用ホールで行われた横山幸雄さんのリサイタルです。数日前横山さんがゲストで出ていたFMの番組を聞いたのですが,その時「最近ワインのソムリエのライセンスを取った」ということをおっしゃっていました(横山さんが執筆したワインの本も近々出版されるそうです。)。それを意識したのかどうか,ステージの衣装もソムリエ風でした。クールな風貌も違いのわかるソムリエという雰囲気でした。ピアノの演奏会はいつもそうなのですが,観客の大部分は女性で,完全に満席でした。

プログラムは,前半がベートーヴェンとリスト,後半がショパンの地味目な曲ということで,前半の方が重かったのですが,バランスが悪いとは全然感じませんでした。余りにも気持ち良く,素晴らしいショパンだったからです。

コンサートは7時に始まったのですが,まるでチェンバロか何かのように直前までピアノを調律していました。休憩時間も調律をしており,横山さんは,ピアノの音にこだわる方なのかなと思いました。かといって神経質なわけでもなく,ピアノの椅子に座ると同時に少々会場がざわついていてもさりげなく弾きはじめました。この辺りはフランス風なのかもしれません。

最初のベートーヴェンは,とてもしっかり弾かれていました。あれだけこだわっていただけあって,どの音もとても奇麗でした。神経質に磨きあげているのではなく,自然な完璧さという感じです。このことはベートーヴェンには相応しいと思いました。汚い音は全くありませんでしたが,もう少し低音がバンバンと聞えても良いかなと思いました。この辺は,個人的な趣味の問題です。あと,フィナーレは少々焦っているように聞えました。私が言うのも失礼なのですが,これは若さのせいかもしれません。

2曲目のリストの超絶技巧練習曲は一度,生で聴いてみたかった曲です。昔,ベルマンの激しい演奏をCDで大音量で聞かされたことがあるのですが,そういうのとは全然違う演奏でした(ベルマンみたいなのも生で聴いてみたいのですが)。第1曲の派手な冒頭もさりげなく弾かれていました。もちろん決め所のフォルテは迫力があるのですが,大げさに弾くような格好の悪いことはしない,というポリシーが感じられました。難曲でもゴツゴツした感じにならず,滑らかに演奏されていました。特に,最後の曲で,クレッシェンドとかデクレッシェンドが波のように自由自在に迫って来る箇所には感動しました。

後半は,ショパンだけのプログラムでした。このコンサートのお客さんはうまい具合にブロックごとに拍手を入れていたのですが,横山さんはピアノのところで拍手に応えるだけで,後半は一度も袖に引っ込みませんでした。そのせいか,ショパンらしい雰囲気が後半の間ずっと壊れずに続いていました。それが段々と気持ち良くなってきました。

後半最初のバラードは淡白かなと思ったのですが(私はせつなくなるような演奏が好きなもので),ノクターン,マズルカとシンプルな曲が美しい音で次々と演奏されているうちに段々気持ち良くなってきました。マズルカは結構有名なものだと思いますが,自然な転調が本当に気持ち良かったです。スケルツォ第4番はコンサートの最後にしては軽い感じもしたのですが,大げさな雰囲気の似合わない横山さんには相応しい気もしました。

アンコールは3曲もありました。1曲目と3曲目は聞いたことのあるノクターンでした。最近ノクターンのCDを出しただけあって,間の取り方と雰囲気の良い演奏でした。2曲目のアンコールは聞いたことのない曲だったので,演奏会終了後に行われたサイン会の時に思い切って横山さんに尋ねてみたら,マズルカだとおっしゃっていました(何番のマズルカ見当もつかないのですが,有名な曲ではないと思います。)。アンコールでも超ポピュラーな作品9−2のノクターンなどを安易に引かないところが(この曲を弾いてしまうとお客さんはホッとしてしまって雰囲気が壊れてしまうと思います。)良かったと思います。

というわけで,横山さんについては,正統的でありながら個性もある完成されたピアニストだという印象を持ちました。清々しい感じの曲の作り方は,20代らしいのですが,きっとこのまま「違いがわかる男」という雰囲気で成長されていくのではないか,と思いました。