オーケストラ・アンサンブル金沢第73回定期公演
98/05/27金沢市観光会館

ハイドン/交響曲第22番変ホ長調.Hpb.I-22「哲学者」
ハイドン/交響曲第101番ニ長調.Hpb.I-101「時計」
ベートーウ゛ェン/ピアノ協奏曲第5番変ホ長調,op.73「皇帝」*
●演奏
小山実稚恵(Pf)*/ジェームス・デプリースト/OEns金沢

今回報告するオーケストラ・アンサンブル金沢の定期演奏会は,3回目の客演になるジェームス・デプリースト氏の指揮,小山実稚恵さんのピアノ独奏でした。小山さんの知名度でもう少しお客さんは入るかと思ったのですが6〜7割の入りでした。ただ,デプリーストさんは風貌からしてかなり個性的で,金沢でも人気があるので(と勝手に私が思っているだけですが),お客さんの反応はとても良かったです。

後半が協奏曲のプログラムは(前回の戸田弥生さんの時もそうだったのですが),盛り上がることは盛り上がるのですが,主役がソリストに奪われてしまって,個人的には好きではありません。今回もそういう印象を持ったのですが,前半後半ともすばらしい演奏だったので終わってからは,まあいいかな,と思いました。それにしても,デプリースト氏は魅力的な指揮者でした。

プレトークは富永壮彦さん(だと思うのですが)という方だったのですが,ハイドンはこういう人だという話が長く,肝心の曲目の聴きどころについての説明がほとんどありませんでした。プレトークという企画自体はなかなか面白いのですが,もう少し内容を練った方がよいような気がします。それと併せてプログラムの解説ももっと面白いものにしてほしいものです。

前半はハイドンの交響曲2曲でした。考えてみるとハイドンの交響曲を聴いて悪いと思ったことはほとんどありません。OEKにあっているからかもしれませんが,ハイドンの作曲の技術が優れているせいのような気もします。今回の2曲もそれぞれ満足できました。

1曲目は,「哲学者」という意味不明のあだ名のある第22番の交響曲でした。比較的若い時の作品らしいのですが,オーボエのかわりに,イングリッシュ・ホルン2本入るのが独特でした。チューニングもイングリッシュ・ホルンにあわせていたので少々妙でした。曲は,教会ソナタ形式(緩−急−メヌエット−急)なのですが,最初の緩い楽章からしてスケール感がありました。デプリーストさんは足が不自由なので,椅子に座って指揮をするのですが,相当な巨漢で,両手を広げるだけでスケールの大きな雰囲気が広がりました。顔つきも黒人の神父という感じで,カリスマ的な印象をうけました。静かな楽章の清澄さ,イングリッシュ・ホルンとホルンのあわさった独特の音色などなかなか楽しめる曲でした。

デプリーストさんは,足が不自由なせいか,1曲目のあと舞台の袖に引っ込まず,指揮台にそのまま残っていました。引き続き,2曲目の「時計」が演奏されました。考えてみると,この曲を生で聴くのは初めてのことです。やはり充実した演奏で,後半のメインにしてもよいぐらいだと思いました。

序奏のスケール感は,1曲目と同じでした。1拍1拍手を大きく動かす指揮には,非常に充実した緊張感がありました。主部は伸びやかな感じでしたが,味の濃いハイドンだったと思いました。続く第2楽章が独特でした。完全なインテンポで,まさに時計のような感じでした。途中で指揮するのを止めていたようで,それがかえって会場全体に緊張感を与えていました。指揮台にいるだけで迫力が生まれるというのは,巨漢指揮者ならではでしょう。動きが全然ないのに緊張感がある,というのはすごいと思いました。第3楽章は,うって変って動きが出てきました。この気分の転換は見事でした。第4楽章は,展開部の盛り上がりが非常に聞きものでした。

デプリーストさんは,お客さんにもわかるほどカリスマ的な雰囲気を持っているのですが,オーケストラをコントロールする確かな技術ももっていると思いました(手を下向けにして横に出すだけで,スッと音が小さくなるのはすごいと思いました。)。というわけで,この人は実は,ものすごい巨匠なのではと思ってしまいました。

後半は,小山実稚恵さんの独奏による皇帝でした。ひとことでいうと非常に華麗な演奏でした。テクニックには全然不足はなくて,すべてに余裕がありました。冒頭のカデンツアをはじめ,巧すぎて,かえって表面的な感じに聞こえるくらいでした(この辺が別の面での難しさなのかもしれないのですが)。OEKの音色は,重厚ではないのですが,小山さんの演奏からもそういう印象は受けませんでした。高音のきらめくような音が耳についたのですが,この辺も好みが分かれるかもしれません。

OEKも充実していたのですが,管楽器の音がもう少しソリスティックに聞こえてくると面白いと思いました(CDなら聞こえるのですが...)。いずれにしても,非常にレベルの高い演奏で,お客さんは大喜びでした。ただ,個人的には,デプリーストさんに敬意を表し,ハイドンの時計で締めても良かったかなと思いました。

今日の演奏会は,十年近くOEKのティンパニ奏者をつとめていたトム・オケーリーさんとのお別れの演奏会になりました。いずれオーストラリアに帰国するのかな,という気はしていたのですが,ついにその日が来たという感じです。恐らくOEKでいちばん(若い女性に)人気のある奏者で,「皇帝」の後に,小山さんよりたくさんの花束をステージ上でもらっていました。この人の音は,とてもカラっとしていて,OEKの明るいカラーを作っていたと思います。決め所ではいつもビシっと決めてくれ,室内オケらしからぬダイナミックさを加えてくれていました。ティンパニ奏者はオーケストラの中でもいちばん目立つだけにOEKも大切な顔を失ったという感じです。演奏会の後には,異例のサイン会もあり,私も記念にサインをもらってきました。