ホルスト・シュタイン指揮バンベルク交響楽団日本公演
98/10/31金沢市観光会館

1)メンデルスゾーン/序曲「静かな海と楽しい航海」
2)ドウ゛ォルザーク/ウ゛ァイオリン協奏曲イ短調,op.53
3)ブラームス/交響曲第1番ハ短調,op.68
(アンコール)
4)ブラームス/ハンガリー舞曲第1番
●演奏
ホルスト・シュタイン/バンベルクSO/諏訪内晶子(Vn*2)

ホルスト・シュタイン指揮バンベルク交響楽団の演奏会が,金沢でも行われましたので,ここにつけさせていただきます。独奏ヴァイオリンは金沢でも大変人気の高い諏訪内晶子さんでした。私自身,ブラームスをプロの大編成オーケストラで聞くのは初めてのことなので,かなりの期待をして行きました。会場もほぼ満席でした。

プログラムはメンデルスゾーン,ドヴォルザーク,ブラームスというかなり渋めのものでした。最初の曲は,メンデルスゾーンの「静かな海と楽しい航海」という序曲でした。まず,シュタインさんが登場しました。テレビでお馴染みの方ですが,意外に小さい方だと思いました。大病をされた後のせいかもしれません。歩き方もおぼつかない感じで,かなり年を取られた印象を受けました。指揮台も段差を小さくするために踏み台が一つ入っていました。バリアフリー指揮台という感じです。

しかし,音楽が始まるとそういう不安はなくなりました。この序曲は「静かな」部分と「楽しい」部分からなっているのですが,この前半の静かな部分の和音の響きが美しいのに感動しました。重心の低い,渋めの美しい音色はこのオーケストラの特色だと思います。後半の最後で,ティンパニが連打を続ける上に(こんなに連打を続ける曲というのも珍しいのではないでしょうか?),ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ドという感じで単純に音階を昇っていくあたりは,なんともいえず素朴で豪快でした。テンポを緩めて,曲が終わると大曲を聴いたような充実感が残りました。

シュタインさんはどういうわけか,この後上手に引っ込みました。下手から登場して上手に抜けていくというのは初めてみました。2曲目は,上手から諏訪内さんとシュタインさんが一緒に登場したのですが(そして下手に引っ込みました),どういう意図だったのかよくわかりませんでした。

諏訪内さんのヴァイオリンは相変わらず,ケレン味がなく,集中力抜群でした。クールで上品な雰囲気はこの人の持ち味なのですが,ドヴォルザークの曲については,もう少し,派手な演奏や崩した演奏の方が楽しめるかな,という気もしました。というわけで,2楽章や3楽章中間のスラヴ舞曲風の抒情的な部分が諏訪内さんにあっていると思いました。昨年は,OEKとの共演を聴いたのですが,諏訪内さんはそれほど派手に聴かせるタイプではないので,フル・オーケストラと共演するよりは,OEKあたりと共演する方がバランスが良いような気もしました。とはいえ,演奏後は盛大な拍手があり,なかなか鳴り止みませんでした。

後半は,期待のブラームスでした。そして,その期待どおりの演奏になりました。理想のブラームス,と言っても良いと思いました。冒頭からゴージャスという感じではありませんが,十分に力感のある充実した響きが聴かれました。テンポの揺れは,全曲を通じてほとんどなく,非常に正統的な印象を受けました。テンポが遅めだったので,曲の推進力のようなものは不足していましたが,ブラームスに関しては,考えながらじっくりと曲が進むという演奏の方が説得力があると思います。いずれにしても,相当頑固な印象を与える演奏でした。最近Kochから出たシュタインさんとバンベルク交響楽団によるブラームス交響曲全集のCDというのを持っているのですが,そのCDどおりの響きでした(会場でも当然販売しているものと思いましたが,諏訪内さんのCDばかり売っていました。)。

冒頭のティンパニは,連打の最後の方でディミヌエンドして,再度クレッシェンドしていました。これはシュタインさんの解釈だと思いますが,こういうのは初めて聴きました。遅めのテンポでの堂々とした展開は,重い第1楽章には大変相応しいと思いました。ちなみに提示部の繰返しはしていませんでしたが,私にはこの重さで十分と思いました。

遅いけれども引き締まった音。厳しさと優しさの混ざった雰囲気。アンサンブルは整っているが,整いすぎていない自然さ。音に強さはあるが,粗さはない。地味だが聴かせる...といった,背反するものを併せ持つようなスケールの大きさが全曲に渡って感じられました。こういう方を巨匠と呼ぶのでしょう。

第2楽章,第3楽章は,立派で重厚な第1楽章,第4楽章の間の間奏曲としての性格づけをしていたと思います。緊張感が緩められ,ほっと一息つけました。第1楽章との対比が見事でした。特に第2楽章最後でのコンサート・マスターの高音でのソロは,じっくりと演奏されただけあって,宇宙空間にまで延びていくような崇高な雰囲気がありました。

第4楽章は,序奏の弦楽器による深みのあるピチカートからして雰囲気たっぷりでした。有名なアルペン・ホルン風の旋律は最初の音をミスしていましたが,非常に力強い音だったのが印象に残りました。それに続くトロンボーンはまさにコラールという感じでした。第9の旋律に似た第1主題は,どのオーケストラでも格好よく決まると思いますが,それでも渋い音色は見事でした。展開風の部分の力強い盛り上げ方も最高でした。所々ソロで出てくるオーボエソロの派手ではないが強い音も見事でした。管楽器ではホルンとオーボエの音色の素晴らしさが印象に残りましたが,その他の管楽器との音のバランスも非常に良いと思いました。その素晴らしさはコーダでいちばんよく発揮されていたと思いました。金管と木管が少しテンポを落として一斉に演奏するコラール風の旋律はアンサンブルが見事でした。一つの楽器が突出することがなく全体として力感のある響きを出すというのは,伝統的なドイツのオーケストラの特色なのかもしれません。これに非常に力強く,動きのすばやいティンパニのトレモロが加わり,大変聞きごたえのあるコーダになりました。

オケの特質自体がブラームスの重厚さにあっているので,最初に書いたとおり,理想的な演奏になったと思いました。演奏後シュタインさんは真っ赤な顔をして疲れ果てたという感じでした。その姿を見て,再度感動しました。

アンコールはハンガリー舞曲第1番でした。全弦楽器が低音で滑らかに始まる出だしは誰がやっても格好よく決まります。交響曲の時にはほとんどなかったテンポのゆれもあって,恰好のアンコール・ピースでした。フライングの拍手があるほど熱狂的な拍手で迎えられました。

シュタインさんは現在はこのオーケストラの名誉指揮者ということですが,今後もこのオーケストラの響きを守ってほしいものだと思いました。