プーランク生誕100周年記念金沢スペシャル公演
99/02/11石川厚生年金会館

1)メンデルスゾーン/最初のワルプルギスの夜,op.60
2)プーランク/歌劇「人の声]op.56(1幕モノドラマ)
●演奏
現田茂夫/OEns金沢/佐藤しのぶ(S*2);小畑朱実(A*1);小林彰英(T*1);太田直樹(Br*1)/OEns金沢Cho(合唱指揮大谷研二)

今回報告するオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の演奏会は,ソプラノの佐藤しのぶさんを招いて今年生誕100年のプーランクのモノオペラ「人の声」をメインプログラムとして上演するスペシャル公演です。「特別」ではなく,「スペシャル」となっているのは,入場料がいつもより高めだということです。渋いプログラムの高めの料金の演奏会だったにも関わらず女性客を中心として会場はほぼ満席でした。前回のスペシャル公演の故ヘルマン・プライさんの時よりもお客の入りは良く,佐藤さんの人気をしのばせました。

前半は,OEK合唱団との共演によるメンデルスゾーンの「最初のワルプルギスの夜」という珍しい曲でした。指揮者の現田さんの話によると,「宗教間の争いを描いた問題作で,良い作品なのに欧米では演奏されにくい。宗教的なこだわりの少ない日本での方が取り上げやすいのでは」ということでした。がっちりとまとまった演奏時間35分程の適度な長さの作品なので,確かにもう少し聴かれても良い作品だと思いました。ただ,恐ろしげなタイトルの割にそれほど不気味な曲ではなく,メンデルスゾーンらしい爽やかな部分もかなりありました。やや恐ろしげになるのは鳴り物と合唱が入る中間部以降です。最後はぐっと盛り上がって終わります。

合唱は,北陸地方の優秀なアマチュアをオーディションで選んだだけあって見事でした(実は,知人が団員です。OEKの家族の方も何人かいらっしゃるようです)。「老いも若きも」の素人の第9の合唱に比べると,ハーモニーがクリアで,声も非常に力強く響いていました(特に男声が力強かった)。特に曲の中ごろに出て来る盛り上がりのある曲の中でKの音を非常に強く発音していたのが印象に残りました。この辺は合唱指揮の大谷研二さんの指導が徹底していたからだと思います。ただ,このホールはステージ上の天井が低いせいか,フォルテで歌うと声がビリつくような感じで少々気になりました。

ソリストでは,テノールとアルトの出番が少なく,バリトンの出番ばかりが多かったのですが,このバリトンがいちばん良いと思いました。渋い声がこの曲に相応しいと思いました。

現田さんの指揮は,序曲の最初の部分を聞いた瞬間,なんとなくスケールが小さいな,と感じたのですが(アーノンクール指揮のCDの演奏と比べたせいかもしれません。指揮棒の振り方も小さい気がしました),全体を聞き終えると充実感が残りました。

後半は,メインの「声」です。すべてフランス語による歌唱ということで,電光掲示板の字幕が付きました。右サイドの席だったのですが,ソリストと字幕が同時に見え,なかなか良い席でした。大したことを言っているわけではないので字幕に集中しすぎないようにしていたのですが,見慣れぬ装置があるとついつい見てしまいました。

今回の演奏は,オペラといいながら,演技もセットもなしで,譜面を見ながらの上演でした。いわゆる演奏会形式による上演ということになります。もともと電話以外セットのいらないような曲なので違和感はありませんでした(佐藤さんは,台本にあるようにガウンをイメージさせるような衣装を来ていらっしゃいましたが)。

今回の演奏会では,恒例のプレトークはありませんでしたが,休憩時間後に現田さんによる解説がありました。電話の音はシロフォンで演奏する,といった聴きどころの説明があり,非常に参考になりました。

佐藤さんは,プリマドンナという言葉がぴったりでした。平凡な言葉になりますが,脂が乗り切っていて,ステージに登場しただけで,ゴージャスな雰囲気が漂ってきました。演奏後のステージマナーも実に堂々としていました。これだけのスター性のある人はそんなに沢山いないと思います(他に有名ソプラノ歌手のコンサートに行ったことは全くないのに言っているのですが)。しかも,スターにありがちな崩したところや一人よがりなところが全くなく,真摯に歌っていました。スターにして,新たなレパートリーに挑戦している姿が素晴らしいと思いました。

声の質は力強いというよりは,リリカルな感じだと思いますが,声量も声の芯の強さも十分あり,このオペラのスコアの序文でプーランクが要求する「若くエレガントな女性によって演じられなければならない」という指定にもぴったりだと思いました。45分の長丁場を一人で歌う,というのは挑戦的な重労働だったと思うのですが,最後まで疲れたところなど見せず,緊張感が持続していました。フランス語の発音は上手いのかどうか私にはわかりませんでしたが,自信たっぷりに歌っていました。佐藤さんも満足できる出来だったようで演奏後は大変嬉しそうでした(不幸な役柄にしては,ダンナさんと一緒で幸せそうだったのが唯一の問題点かもしれません)。もちろんお客さんも大変喜んでいました。通常,これくらいのスターの出る演奏会になるとCDを会場で販売しているのですが,意外なことに佐藤さんのソロのCDはないようで,全然売っていませんでした。この縁を機会にOEKと佐藤・現田夫妻で「声」のCDを録音したら良いのでは,と思いました。

この曲は,オペラといいつつアリアが全然なく(一瞬シベリウスの悲しいワルツのような雰囲気になる部分はあるのですが),しゃべり歌いの合間に狂乱の場が時々あるような曲で,CDで聴くかぎりはかなり難解な印象だったのですが,実演で聴くと結構集中して聴くことができました。佐藤さんの迫力のせいもありますが,やはり,実演だと「人間の声」の入る曲の方が純粋器楽曲よりは訴える力は大きいのだと思いました。

オーケストラはトロンボーン,チューバ,イングリッシュ・ホルン,バス・クラリネット(?)など室内オーケストラにしてはいろいろな管楽器が加わっており,20世紀のフランス音楽っぽい雰囲気が曲の所々に現れていました。会話を音楽化した作品だけあってかなり「全員休み」の休符が多く,指揮者の腕の見せ所が多かったのですが,休符の後の楽器の音の出し方が少々おっかなびっくりという気もしました。この辺は,この曲を初めて演奏する硬さかもしれません。こういう「緊張感」も良かったのですが,このコンビでこの曲を繰返し上演していけばもっともっと良くなるかな,という気もしました。また,今回は,演奏会形式での上演でしたが,セットのいらないような作品なので演技をしてもらいたかった気もしました(そうなると演出家というのが必要になり,入場料が上がるのでしょうが)。今回は佐藤さんにとって初めての試みということで演技はなしでしたが,演技付きのオペラとしての上演も観てみたい気もしました。

この演奏会は,前半のプログラムを変えて,富山県の小杉町,名古屋でも行われます。