熊本マリ「ピアノと愛と音楽と」
99/03/05根上町総合文化会館音楽ホール・Tanto

1)ドビュッシー/ベルガマスク組曲〜月の光
2)ドビュッシー/前奏曲集第2集〜ヴィーニョの門
3)ドビュッシー/前奏曲集第1集〜亜麻色の髪の乙女
4)ドビュッシー/前奏曲集第1集〜さえぎられたセレナーデ
5)アルベニス/タンゴイ短調
6)ナザレー/タンゴ「レマンド」
7)ナザレー/タンゴ「ヴィドリオーソ」
8)モシュコフスキー/ギター
9)オッフェンバック(モシュコフスキー編曲)/ホフマンの舟歌
10)モシュコフスキー/愛のワルツ
11)ピアソラ/天使のミロンガ
12)ピアソラ/天使の死
13)ピアソラ/天使の復活
14)グラナドス/12のスペイン舞曲集〜ビジャネスカ,サラバンド,
15)アストゥリアス,オリエンタル,アンダルーサ
16)ラレグラ/ビバ・ナヴァラ
(アンコール)
17)ガーシュイン/ラブ・ウォークト・イン
18)ファリャ/火祭りの踊り
●演奏
熊本マリ(Pf)

世間では「だんご3兄弟」が話題になっていますが(恥ずかしながら,子供のために--実は親の方が喜んでいるのですが--発売日に買ってしまいました),この日のプログラムは熊本マリさんのCD「タンゴ」と重複する内容の演奏会でした。

演奏会は,大曲が1曲もなく,小曲とトークの組み合わせでプログラムが進むという構成でした。演奏が始まるとパッと照明が落とされピアノの上のスポットライトのみになります。衣装のセンスも良かったせいもあり,ステージの上からはファッショナブルな雰囲気が漂ってきました。演奏の方も選曲をはじめセンスの良さが光っていました。お客さんはクラシック音楽を生で聴く機会の少ない人が多いようでしたが(拍手の量が少ないのでわかります),トークの中でこれから弾く曲の説明がされていたので,マイナーな曲でも十分楽しめました。

第1曲目のドビュッシーの月の光は,普通なら緊張感のある弱音で始まる曲ですが,熊本さんは,会場が少々ざわついていても,無造作といってもよいぐらいに,椅子に座るとすぐ弾き始めました。勢いのある曲についてはこういうケースはありますが,静かな曲については珍しいことです。「クラシックの演奏会だからといって緊張して聴くことはないですよ」というメッセージなのかな,と思いました。

演奏の方も神経質という言葉とは無縁の演奏(かといって荒っぽい演奏ではもちろんない)でした。全体に早目のテンポで余計な表情をつけずさらりと演奏されていました。このことはこの日の熊本さんの演奏全般に言えることでした。音色も明るい感じが多く,曲を音楽の自然な流れにまかせて素直に聴かせるのが熊本さんの持ち味だと思いました。ドビュッシーの曲は前菜的な感じでしたが,抒情的な曲とぎくしゃくした感じのリズムの曲が交互に演奏されており,この日のプログラム構成とも通じるものがありました。特に「ヴィーニョの門」という曲はハバネラのリズムなので選曲されたのだと思います。

次のいくつかのタンゴはCD「タンゴ」に収録されている曲です。ピアノで弾くと,ラテン音楽というよりは,シンプルなメロディライン,シンペーションなどがあってラグタイムのように聞えました。意外にルーツは近いのかもしれません。前半の最後に演奏されたモシュコフスキーの作品は,きらびやかに飾られていて生で聴くと特に面白いと思いました。ただ,こういう曲になると少々高音が硬いかな,と感じました。

後半は最初はピアソラの天使3部作でした。個人的にはもっとドラマティックで濃い味が欲しいと思いました。ピアノで演奏すると洗練され過ぎているような気がしました。この辺は弦楽器やバンドネオンが入らないと物足りないかもしれません。後半の中心は,グラナードスのスペイン舞曲集の抜粋でした。これも濃厚な味というよりは爽やかな演奏でした。最後のラレグラの作品は,熊本さんぐらいしか取り上げていない珍しい曲とのことでした。非常にきらびやかな曲で結びには相応しい曲でした。技巧的には問題はないと思いますが,もう少しスケールが大きさを感じさせてくれると良いかな,と贅沢なことを思ってしまいました。

アンコールは,2曲演奏されました。ガーシュインの「ラブ・ウォークト・イン」(実は演奏会後のサイン会の時に曲名を教えてもらったのですが)は叙情的で魅力的な曲です。この曲のCDを持っていないか家の中を探してみたらクリス・コナーの歌うガーシュイン・アルバムの中に入っていることに気付きました。1日の終わりに聴くとほっとできるような良い曲です。2曲目は,お馴染みのファリャの「火祭の踊り」でした。先月オーケストラ版を聞いたばかりなのですが,ピアノで聴いても別の味があります。ルービンシュタインの演奏(及び映像)でおなじみの強烈なトリルは生で聴くとやはりすごいです。

この日の演奏会は小曲ばかりで,腹一杯食べたような満腹感はあまりなかったのですが,メジャーな曲を安易に並べないところに熊本さんのポリシーが感じられました。1曲1曲を練り上げて弾くというよりは,選曲のセンスと構成で勝負しているあたり,演奏会に対する現代的な捉え方だと思いました。古典的な大曲ばかりではなく「ちょっと良い曲」を発掘して演奏する,というのはずっと続けて欲しいと思います。

最後になりますが,このホールの響きは最高です。レガートが美しく聞え(細かい音がクリアに聞えないところもありますが。ミスも目立ちにくい?),とても気持ちが良い響きがします。