第4回石川県新人登竜門コンサート
99/04/11石川厚生年金会館

1)ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第1番ハ長調,op.15
2)シューマン/ピアノ協奏曲イ短調,op.54
3)ラヴェル/ピアノ協奏曲ト長調
●演奏
若杉由香(Pf*1),田島睦子(Pf*2),山本純子(Pf*3)
岩城宏之/Oens金沢

このところ自分の市町村内でしか使えない地域振興券が出回っていますが,今回報告するのは石川県関係者の中からオーディションで選ばれた合格者とオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)による演奏会です。石川県関係者にとっては音楽界にデビューするための絶好のチャンスということになります。毎年行われているのですが,今年はピアノ部門でした。

金沢は,この日桜が満開でしかも快晴。お客さんは花見の方に奪われた形になり(私も浅野川園遊会というなかなか粋なお祭りに行ってからこの演奏会に行きました),お客の入りはよくありませんでした。ただ,演奏会自体はピアノ協奏曲3曲という変則的なプログラムながら,とても楽しむことができました。18世紀,19世紀,20世紀と別々の時代のピアノ協奏曲が聞け,しかも演奏者の個性とそれぞれの曲の性格がマッチしていて,非常に聞き応えがあったからです。

最初の独奏者の若杉さんは,今回の3人の中ではいちばん初々しく見えました。この曲はかなり序奏が長いのですが,その序奏が非常にベートーヴェン風なのにまず感心しました。急がないテンポで縦の線をきちりと揃えるような雰囲気がちょっと軍楽っぽい曲想の第1楽章には相応しいと思いました。しかし,ソロが始まると急にモーツァルトに変わったような感じでした。ピアノの音は軽めで,音は軽やかに転がる感じでした。きちんと丁寧に弾かれていたので,古典的な清潔感はあったのですが,全般に硬い印象を受けました。ふっと力を抜いたような弱音は魅力的だったのですが,強い音での余裕のある響きが欲しいと思いました。プロの演奏家は,多かれ少なかれ一種の「ずうずうしさ」を持っていますが,そう面でも少々大人しい演奏に聞こえました。このことは,これからの経験次第でしょう。ただ,この曲に関しては,「ずうずうしくない」演奏も新鮮で良いかなと思いました。

2曲目の田島さんの演奏は,3人の中ではいちばん感動的に聞こえました。曲の構成や性格にもよるのですが,アルペジオ風の音の動きが延々と続く3楽章の最後の方などは,非常に流れの良い演奏でした。まさに音楽に乗っているという感じでした。私の隣に座っている女性はこの田島さんの知人だったらしく「小さい時のことなどいろいろなことが頭をよぎり,涙が出た」とおっしゃっていました。ローカルな演奏会ならではの「良い話」です。OEKの編成はシューマンにしては音が薄いので濃厚な味は出ないのですが,さわやかさは良く出ていました。ひたむきに演奏していた田島さんの演奏にもそういう雰囲気が感じられ,その点でもOEKとの一体感を感じました。もちろんもう少し技巧に余裕があり,音色に変化がある方が良いとは思うのですが,ロマン派の曲をひたむきに演奏するのを見るのは感動的なものです。OEKではオーボエ,クラリネット,チェロなど要所要所に出てくるソロが見事でした。

最後は山本さんの独奏によるラヴェルでした。今回の3人の中ではいちばんプロっぽい雰囲気がありました。いいかえると曲者っぽい雰囲気がありました。音に対する感受性が鋭く,表現の幅も広いと思いました。他の2人の音色が浅い感じだったのに対し,味のある響きを出していました。この曲は昨年仲道郁代さんの演奏でも聞いたのですが,その時の演奏よりも面白く聞けたような気さえしました。仲道さんの演奏は非常に健康的だったの対し,山本さんの演奏はもっと表情付けが暗く,エキゾチックな感じでした。オーケストラの方は,「フランス風の洗練」というよりは,粗っぽさを感じましたが,その豪快で華やかな響きはなかなか魅力的でした。

この日の演奏者はいずれも石川県関係者ということで,一種の地域振興の演奏会だったのですが,それにしてはレベルが高いのを嬉しく思いました。岩城さん(右手の故障のせいで左手だけによる指揮でした)とOEKが定期演奏会の時と同様立派な伴奏をつけていたのも気持ちが良かったと思います。こういう演奏会を積み重ねることによって,石川県の音楽文化がますます厚みを増すことを期待しています。