ウェルカム・スプリングコンサート
99/04/23 石川厚生年金会館

1)グリンカ/歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲
2)ショパン/ピアノ協奏曲第1番ホ短調,op.11
3)ブラームス/交響曲第1番ハ短調,op.68
(アンコール)
4)ブラームス/ハンガリー舞曲第5番
5)ブラームス/ハンガリー舞曲第5番
●演奏
大野由加(Pf*2)
岩城宏之/Oens金沢

この日のブラームスは私にとって一生記憶に残るような名演になった。こういうブラームスがオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)から聴けたということだけで大変嬉しい。偶然出てきた演奏だったのかもしれないが,非常に魅力的なブラームスだったと思う。

そもそもこの日の演奏会は西本智実さんという若手女性指揮者の金沢デビューコンサートになるはずだった。それが,事故のために(大阪でひったくりに遭い負傷!というのも凄い)指揮できなくなり,代役として岩城さん(長編小説執筆のため休暇中!というのも面白い)が振ることになった。一種の因縁めいた演奏会である。

「室内オケでは重厚なブラームスは演奏できない」と思われているせいか,オーケストラ・アンサンブル金沢の定期演奏会でブラームスの交響曲が演奏されたことは数えるほどしかない。今回も15人ほど増強されて,中規模編成による演奏となったがそれでも通常のブラームスの編成からみるとかなり小さい。そういう編成でのブラームスがどういう演奏になるか私自身,半信半疑のところがあった。

ブラームスの交響曲第1番はソロの聴き所満載なので,次々と登場する役者の演技を見るような感じで聴いてしまう。まず出だしである。打楽器出身の岩城さんのことだからきっと力強い堂々としたティンパニの音が聴けると思ったが,肩透かしを食わされた。非常に柔らかく軽い音でしかも非常に速いテンポでさっと終わってしまった(嬉しいことにティンパニは惜しまれつつ昨年OEKを退団したトム・オケーリー氏)。「まだ序奏ですよ」という位置付けのようだった。それと編成の小ささを考えてのことだろう。しかし,ただならぬ軽さにかえって先の展開への期待を持ったのも事実である。

そのとおりだった。続く主題提示部に入るといきなり第1ヴァイオリンのすばらしい音が耳に入って来た。強靭かつスリムな響き。音がきちんと揃っている。重くはないが気合がこもっている。この日のコンサート・マスターは今回初登場の外国人女性だったが,彼女の影響なのだろうか?この人の動きは非常に機敏で見るからに新鮮だった。新コンサートマスターだとしたら大歓迎である。それ以外にも,この日の演奏では全曲にわたり第1ヴァイオリンのすばらしさが耳についた。岩城さんも第1ヴァイオリンを特に強調していたようだった。このことが全曲にわたる爽やかさを生んでいた。

第1オーボエの女性もすばらしかった。いつもながら真っ直ぐ伸びてオーケストラ全体の中から突き抜けてくる響きは彼女の特質である。第2楽章のヴァイオリン・ソロもすばらしかった。音程が正確で安心して聴くことができた。4楽章に入ってもずっと速いテンポのままである。アルペンホルン風の部分は,これまた新しく入った若い男性ホルン奏者の演奏だった。ハンガリー出身の客演ホルン奏者の柔らかい美音が今日も聴けるのかなと思ったが,今日は新人に花を持たせたようだった。この人の音は素朴でストレートで力強くこの日のブラームスには相応しかった。

第4楽章は曲の作りからしてプロが演奏すれば絶対盛り上がるが,それにしてもこの日の演奏は良かった。熱狂しているわけでも若々しいというわけでもない。ただただストレートなのである。その結果,なんともいえない爽やかさと強さが生まれた。コーダのコラール風の部分でも全然テンポを落とさず強く突き進んだ(オケーリーさんのティンパニの威力)。しかし,ただ荒々しいわけではない。岩城さんの指揮には自信があふれているから(もちろん暗譜)浮つかないのである。若い指揮者だったらお祭りのようになっただろう。岩城さんの指揮は率直かつきびきびとしており,重厚さとは反対の演奏だったが,爽やかな印象が強く心に残った。ただの若々しさという言葉では表されないような新鮮さ,という不思議なインパクトを持つ演奏だった。もちろん最後のフェルマータも爽やかに決まり,ものすごい拍手が起きた。実はホールは満席ではなかったが,お客さんは大満足。この日のお客さんの反応はとても良かった。特にコンサート・マスターへの盛大な拍手には「みんな私と同じ気持ちなのだな」という実感を持った。いつもにも増して,うれしそうな表情を見せる岩城さんの様子からも会心の出来だったことがわかる。アンコールはハンガリー舞曲第5番と第6番。こちらはサービスたっぷりの演奏。観客の熱狂が指揮者・オーケストラに反映した結果としてのノリの良い演奏を聴くことほど楽しいことはない。「さすが音楽監督の岩城さん」と思わせる演奏会となった。

この日のブラームスは,全体で40分ほどで終わるものすごく速いテンポだった。序奏部をはじめとして恐らく室内オーケストラ用の解釈を岩城さんは取ったのだと思うが,意識してそうしたとしたら,大成功である。岩城/OEKの爽やかで強靭さのあるストレートなブラームスは目玉商品になる可能性を持っている。他の曲も是非聴いてみたいものである。

なお,最初のルスランとリュドミラもブラームスを予感させるような良い演奏だった。こちらの方は非常にデジタルでパリパリとした感じの演奏。1曲目ということで熱狂させるような演奏ではなかったが,オケの音が気持ち良く鳴り響いた。

2曲目のショパンは,非常にもたれるピアノだった。素晴らしかったブラームスの後ではコメントはやめておこう。