田島睦子ピアノ・リサイタル
99/06/18石川県文教会館

1)ベートーヴェン/ピアノソナタ第8番ハ短調,op.13「悲愴」
2)ドビュッシー/映像第1集
3)シチェドリン/2つのポリフォニックピース〜バッソオスティナート
4)ラフマニノフ/6つの楽興の時,op.16
(アンコール)
5)ラフマニノフ/パガニーニの主題による変奏曲〜第18変奏
6)滝廉太郎/荒城の月変奏曲
●演奏
田島睦子(Pf)

これは,私の知人の知人の娘さんの「ほとんどデビュー」演奏会だった。田島さんは,先日行われたオーケストラ・アンサンブル金沢の新人登竜門コンサートにも登場した金沢期待のピアニストである(ちなみに私と同じ高校卒である)。

まず,プログラミングが良かった。古典派とロマン派の両方を雰囲気を感じさせるベートーヴェンの悲愴。音の微妙な響きを重視するドビュッシー。打楽器的なリズムの面白さを聴かせるシチェドリン。最後にピアノ曲の中でいちばんゴージャスなラフマニノフで締める。異なる時代,様式の曲を1つの演奏会の中で聴かせるという意欲的な選曲だった。大げさにいうとピアノ表現の可能性をすべて見せよう,という意図とも取れる。

中で特に面白かったのはドビュッシーとシチェドリンだった。ドビュッシーの曲はベートーヴェンの時代よりも音色が豊かなのでドビュッシーの曲が始ると急にホールの響きが変わった。田島さんの音色は暗くないのでとても気持ち良く響いた。神秘的な雰囲気はあまりなかったが,デリケート過ぎずに曲を歪めずに再現していて新鮮な印象を持った。

シチェドリンの曲はもちろん初めて聴く曲である。プロコフィエフ風の軽いリズムの上に無機的な響きが延々と続くような非常に面白い曲だった。その繰り返しが気持ち良い。もっと悪魔的なフォルテを聴かせる演奏の方がロシアっぽいかもしれないが,リズムを丹精に弾いたこの日の演奏も見事だった。

田島さんは,技巧が非常に安定しているので,その他の2曲も楽しめる演奏だったが,不満な点もあった。

ベートーヴェンの方は,やはりもっと重い音が欲しいと思った。所々タメを作る場面があったが,あまり決まっていないような感じで音楽の流れが途切れるような気がした。これは残響の少ないホールの響きのせいかもしれない。また,演奏会の1曲目だったせいもあるかもしれない。ベートーヴェンの曲は音の数がいちばん少ないので技巧的には他の曲よりも演奏は容易かもしれないが,その分1つ1つの音の持つ力とか緊張感とかシンプルな旋律の歌わせ方が重要になる。その点で物足りなさを感じた。しかし,このことはピアノの新約聖書であるベートーヴェンのソナタの演奏のいちばん難しい点であり,すべてのピアニストにとっての課題だろう。

ラフマニノフはコンサートのメインに持ってきただけあって集中力にあふれた演奏だった。この曲は今回初めて聴く曲だったが,6曲あわせて30分もあり,弾きこなすだけで大変なエネルギーが必要である。まず,それをきちんと演奏したことが立派である。きらびやかなパッセージ,うるさくならず綺麗に響くフォルテなど実に見事だった。しかし,ラフマニノフにはもう少し演奏の身振りの大きさ,ダイナミックレンジの広さのようなものが必要だと思う。単純にいうともっとピアノを鳴らし切って欲しい気がした。

これらの不満は,非常に贅沢なものであり,これからステージを踏む機会が増えれば解決していくだろう。そうなると演奏に一種の「ずうずうしさ」のようなものが増すのかもしれないが,個人的には現在の田島さんの演奏の持つ丹精さや整った美しさは残していって欲しいと思った。

アンコールでは,ラフマニノフのパガニーニの主題による変奏曲の中の有名な第18変奏と荒城の月が演奏された。荒城の月の方は変奏曲風にアレンジされており,キーシンあたりが演奏しそうな感じだった。