オーケストラ・アンサンブル金沢第85回定期公演
99/10/01金沢市観光会館

1)林光/哀歌:オーケストラのための(初演)
2)ロドリーゴ/アランフェス協奏曲
3)ベートーヴェン/交響曲第5番ハ短調,op.67
(アンコール)
4)外山雄三/能登民謡に基づく曲(初演)
5)西村朗/ラプソディ石川(初演)
●演奏
岩城宏之/OEns金沢/村治佳織(G*2)

岩城宏之指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の秋の定期演奏会では,初演の曲+女性ソリストとの協奏曲+交響曲というプログラムが多いのですが,今年もこのパターンでした。この日のチケットをプレイガイドで買う時「会員以外の券は売り切れたんですよ」と店の人が言っていたのですが,その言葉どおり会場は超満員になりました。どうみても村治佳織さんの人気のせいです。気のせいかいつもと客層がかなり違っていました。大学生ぐらいの若い男女の姿が非常に目につきました。

演奏会に先立ち恒例のプレトークがありました。今回は1曲目の作曲家の林光さんが担当で,お得意のピアノを駆使しての「聴かせる」トークでした。

1曲目の曲は世界初演でした。編成はOEKの編成とぴったり同じです。黛さんがOEKのために書いていた曲(中断してしまったのですが)がかなりエキストラを必要とする大きな編成の曲になってしまったのと対照的です。曲はシャコンヌの形式で書かれており,冒頭の弦楽合奏の主題が変奏されるというものでした(変奏なのかどうか一度聴いただけではよくわからなかったのですが)。現代音楽というよりは,ロマン派後期〜戦前の曲のような雰囲気を持っており,かなり聴きやすい曲でした。OEKの各楽器が順番にソリストとして登場し(特にコントラバスにかなり長いソロがありました),オーケストラのための協奏曲のような趣きがありました。構成がとても良くできた曲で,編成が丁度良いこともあり,OEKのレパートリーとして残る曲になるような気がしました。

曲の内容は,1980年代以降の世界に溢れる悲惨な出来事と犠牲者を思って作曲したというだけあって,かなり悲痛な雰囲気のものでした。特に要所で出てくるクラリネットやピッコロの悲痛なロングトーンが強く耳に残りました。なお,この日の演奏会の主席フルートはウィリアム・ベネットさんが担当していました。突き抜けて聞こえてくる音はさすがだと思いました。

2曲目は村治さんのソロによるアランフェス協奏曲でした。ギターが独奏ということでマイクを使っていましたが,オーケストラとの音のバランスは広いホールにしてはとても良いと思いました。村治さんの音は非常に軽く,クールでした。冒頭の音が鳴っただけで会場が爽やかな雰囲気になりました。大ホールで聴くギターということでじっと耳をすますような感じになりましたが,「みんなじっと聞いているな」という雰囲気が満員の会場に漂っているというのも良いものでした。

村治さんのギターにも増して良かったのはOEKの方でした。絶えずギターの音を消さないような絶妙の音量で演奏していました。1楽章の弦の刻みなどギター同様非常にキレが良く爽やかでした。2楽章は対照的にじっくりと聴かせてくれました。有名なイングリッシュ・ホルンのソロも理想的でした。この楽章はムード音楽っぽくなりがちなのですが,センチメンタルなところは全然ありませんでした。それでいて秘めた情感が溢れていて感動的でした。3楽章はきっと岩城さんの得意とする楽章だと思います。パキパキとした雰囲気がとても気持ち良く感じました。直線的な三角形を描いて変拍子を振る様子は見ていて楽しめました。一緒になって振りたくなるくらいでした。

村治さんのソロは少々音が抜けたりして完璧ではなかったようですが,OEKと一緒にこの曲のレコーディングでもすればきっと爽やかなCDになると思いました。

休憩中は先月に続き,地震の被害のための募金がありました。岩城さんも言っていましたが,私たちがOEKの演奏を楽しめているのも非常に幸せなことなのだ,と痛感しました。

後半は,ベートーヴェンの第5交響曲でした。お馴染みの曲なのでいろいろと趣向を凝らしていました。まず,編成を10人ぐらい増やして,低音を増強していました。また,4楽章の提示部の繰り返しをしていました。きっと,この曲を4楽章にクライマックスのある大交響曲として演奏しようとしていたのだと思います。

1楽章は,かなり地味目に始まりました(実は,冒頭の運命の動機を演奏した直後,主席チェロ奏者の弦が切れるというハプニングがありました。すばやく後の人とチェロを交換する姿は「さすがプロ」と思ったのですが,本当に始まってすぐだったので,もう一度最初から演奏し直すことになりました。こういう経験は初めてのことです。)。運命の動機なども力んだところが全然ありませんでした。2楽章冒頭の低弦も非常に綺麗だったのですが,1楽章も含め全般に音をじっくりと綺麗に聴かせることに主眼を置いているようでした。

3楽章から4楽章にかけての盛り上がりは何度聴いても楽しめます。クラシック音楽を聴くいちばんの楽しみの1つだと思います。

4楽章はかなり遅いインテンポで通していました。しかも,繰り返しを行っていたので,2回目の主題提示の時には,ギアの切り替えを行うように,盛り上がりがもう一段アップしたように感じました。ただ,テンポの遅さを支えるだけのエネルギーが不足気味で,それ以降は少々緊張感が足りない印象を受けました。

一般に室内オーケストラによる交響曲演奏では,早目のテンポですっきりと,という印象があるのですが,この日の演奏は敢えてそれに反発する解釈を取っていたようでした。この解釈については,もう少し研究の余地が必要な気がしました。

アンコールは2曲演奏されたのですが,いずれも新曲でした。アンコールにまで新曲を持ってくる辺り,本当に岩城さんは初演をすることが好きです。外山さんの曲は能登の民謡を素材にした叙情的な曲。西村さんの曲の方は「ラプソディ石川」という歌謡曲のようなタイトルの曲で,外山さんの有名なラプソディを意識したような曲でした。海外での演奏会用のアンコール・ピースらしいのですが,ベートーヴェンの後にこの2曲というのは少々合わない感じでした(アンコールのために西村朗さんも会場にいらっしゃっていました。何か別の用事もあったのかもしれません。)。

演奏会後,村治さんと岩城さんのサイン会がありました。村治さんの人気のせいかこれまでのサイン会でいちばん長い列ができていました。きっと,10時ぐらいまでかかったのではないかと思います(岩城さんの方は途中で消えていましたが)。