矢部達哉ヴァイオリンリサイタル
99/10/18金沢市民芸術ホール

ヤナーチェク/ヴァイオリン・ソナタ
ブラームス/ヴァイオリン・ソナタ第3番ニ短調,op.108
ベートーヴェン/ヴァイオリン・ソナタ第9番イ長調,op.47「クロイツェル」
(アンコール)
クライスラー/ボッケリーニのスタイルによるアレグレット
クライスラー/ベートーヴェンの主題によるロンディーノ
●演奏
矢部達哉(Vn),諸田由里子(Pf)

今回報告する演奏会は,矢部達哉さんのリサイタルということで,客席には,いつにも増して若い女性の姿が目立ちました。矢部さんは今年の冬にオーケストラ・アンサンブル金沢との共演でとても良い演奏を聴かせてくれたので,今回のソナタ3曲という充実したプログラムに期待を持ちながら出かけてきました。いちばんの目当ては,初めて実演で聴くクロイツェル・ソナタでした。

最初の曲は,ヤナーチェクのヴァイオリン・ソナタでした。実は,この曲は今年の7月に諏訪内さんの演奏で聴いたばかりです。一種の流行のようなものかもしれませんが,ヴァイオリン・リサイタルの基本的レパートリーとして定着しつつあるようです。

いきなり日本風のメロディで始まるのですが,その音が強靭なのにまず驚きました。矢部さんについては,小柄な外見から「優しく繊細な音」という印象を持っていたのですが,小さ目のホールで聴いたせいもあって,この日の演奏会全般に渡って音の強靭さを実感しました。矢部さんの演奏には,楷書で書かれた書道のような雰囲気があり,低音から高音まで均質な音質で演奏されていました。技巧と音程の正確さ,引き崩しのない爽やかさ,強い音でも粗くならない完成度の高さ,といった美点がどの曲にもよく出ていたと思います。

ヤナーチェクは早目のテンポでストレートに演奏されていました。この点は諏訪内さんと同じ傾向でしたが,音の迫力は矢部さんの方があると思いました。ただ,伸びやかな雰囲気だとか最終楽章(やたらと弱音器を付けたり外したりしていました)での凄みは諏訪内さんの方が上だったとような気がしました。

2曲目のブラームスもやはりストレートで緊張感のある音で始まりました。第1楽章の再現部や最後の楽章のコーダなどではかなり激しい表現を聴かせてくれましたが,それでも音楽が崩れないところが矢部さんらしいところです。

ただ,この曲では,ピアノが少々物足りないと思いました。一貫してマイルドな音で弾いており,悪くはなかったのですが,伴奏の域を越えていませんでした。スケルツォ楽章とか各楽章の展開部的な箇所などでは,ヴァイオリンの意欲的な音ばかりが耳に残り,アンサンブルとしての面白みや迫力に欠けていたと思いました。この前のN響アワーで偶然この曲の1楽章の展開部に延々と出てくるピアノの不安気な音のことを池辺さんが紹介していたのですが,そういう雰囲気も薄かったと思いました。その分,ヴァイオリンが主役になる2楽章のカヴァティーナはしっかりと聴かせてくれて言うことはありませんでした。この曲については,もう少し力を抑えた枯れた演奏も良いかもしれませんが,今の矢部さんに相応しいストレートな演奏も気持ちの良いものでした。

メインのクロイツェルも上述の2曲と同様,ヴァイオリンについては満足できる演奏でした。序奏は,力みの全然ない美しい音で始まりました。続く主部は非常にスピード感がありましたが,崩したところのない楷書の演奏で,浮ついたようなところは感じませんでした。力感にも溢れ,申し分のない演奏だったと思います。

2楽章の変奏はヴァイオリンの速いパッセージでの音色の輝きが素晴らしかったです。かなり長い楽章ですが,その長さの中で段々と怪しい魅力が出てくる感じが実演だとよく分かりました。

タランテラ風の楽章も同様に見事な演奏でしたが,ピアノの方は,冒頭の和音からして迫力不足でした。クロイツェルは,ピアノのウェイトもかなり高いので(他の2曲もそうですが,それ以上に高いと思います),やはり,矢部さんと対等のソリストとの共演で聴いてみたかったと思いました。ここはやはりCDでの共演でお馴染みの横山幸雄さんとのデュオでしょうか?

矢部さんについては,コンサート・マスターというイメージで見るせいか,スケールが小さいという先入観を持っていたのですが,今回の演奏ではソリストとしての別の面を見た気がしました。ただ,汗もかかずにクールに弾き終えるといったステージ上での雰囲気も含めて,すべての面でソツが無さ過ぎる,という印象を持ちました。悪くはないのですが...もう一つ面白みが欲しい,と贅沢なことを感じたりしました。