オーケストラ・アンサンブル金沢第86回定期公演
99/11/25 金沢市観光会館

1)モーツァルト/交響曲第35番ニ長調,K.385「ハフナー」
2)ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第4番ト長調
3)ベートーヴェン/交響曲第4番変ロ長調,op.60
(アンコール)
4)シューベルト/劇音楽「ロザムンデ」間奏曲第3番
●演奏
ギュンター・ピヒラー/Oens金沢/三舩優子(Pf*2)

今回のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演は,OEKと初顔合わせとなるギュンター・ピヒラーさんの指揮でした。ピヒラーさんといえば,現在世界でいちばん有名な弦楽四重奏団であるアルバン・ベルク・クワルテットの第1ヴァイオリンですが,そういう方が指揮者としてどういう解釈を聴かせてくれるかが聴き所となりました。

プログラムはかなり地味目でしたが,すみからすみまでピヒラーさんの意図が伝わってくるような非常に刺激的な演奏会になりました。ピヒラーさんは指揮者としての活動に相当意欲を燃やしているのだと感じました。

最初のハフナー交響曲は,まず冒頭のティンパニの乾いた音と弦楽器のスリムな響きが印象に残りました。古楽器演奏をかなり研究した現代楽器による演奏という感じです。ビブラートを抑え,濃い表情付けもあまりなく,弦楽器の奏法を徹底してピヒラーさんの好みに変えてしまっているような気がしました。弦楽合奏というよりは1つの楽器による演奏のようにさえ聞こえました。そういう意味では,ハフナーらしい祝祭的な雰囲気はなかったのですが,非常に新鮮な演奏になっていたことは確かでした。

3楽章の中間部に入る前に長めの休符を入れたり,4楽章の終りの方でテンポを急に落としたりと遊びの雰囲気もあったのですが,発顔合わせのせいか全般に堅い雰囲気が残っていたようです。「楽しいモーツァルト」とは違いましたが,徹底した表現を聴くというのもめったにないことだと思いました。
 
2曲目のベートーヴェンは,三舩優子さんのソロでした。三舩さんもOEKとの共演は初めてです。この曲についてもオーケストラの方はスリムな響きで,抜いたところが全然ない演奏でした。それに対して三舩さんのピアノの方は少々印象が薄い気がしました。三舩さんのピアノの音は硬質でクリアなタッチできちんと演奏されていたのですが,表情や音量の変化があまりなかったような気がしました。どこといって不足な点はないのですが,何となくベートーヴェンらしくない(曖昧な表現ですが)ような印象を持ちました。1楽章の冒頭を生で聴いただけで,「4番はやっぱり良い」と感じたのですが,ピアニストの方が少々ピヒラーさんに少々押され気味だったのかもしれません。

それと残念なことに第1楽章後半で会場内に謎の雑音が発生し,しばらく鳴り止まなかったので演奏する方も聴いている方も演奏に集中できなくなってしまいました。後で主催者がお詫びをしていましたが会場の空調設備に異常が起こったのが原因とのことでした。今日の金沢は11月にしては異例のことですが気温が20度ほどもあり,それに会場の熱気が加わって壊れたのかもしれません。

後半の4番はこの日の演奏の中でも特に素晴らしかったと思いました。序奏部は音がビクビクと震えているようで,異様な緊張感を感じました。この先どうなるのだろうと不安な気さえしたのですが第1主題が始まるとその切れ味のよさにビックリしました。こんなに切れ味の良い表現は,室内オケでないとできないと思います。それをピヒラーさんが磨きあげた演奏だったと思います。トゥッティの際のフォルテの音が全曲に渡って非常に効果的でした。ティンパニ+トランペットの短く切るような音によって非常に壮絶な感じになっていました。これも古楽器演奏の影響かもしれません。まさに筋肉質の演奏でした。OEKのティンパニはオケーリーさんの退団後,少々物足りないような気がしていたのですが,この日のティンパニは非常によく頑張っていました。

この日の演奏では,1楽章も4楽章も提示部は繰り返しをしていました。私は交響曲の提示部の繰り返しは無くても良いかなと思っているタイプなのですが,この日の演奏についてはもう一度聴けて得したな,と思いました。4楽章の方は繰り返しを行うと無窮動風に延々と続いて,演奏にどんどん引きこまれて行くような気さえしました。中間の2つの楽章もピンとした気持ちの良い緊張感のある演奏でした。

弦楽器に対して木管楽器の方はピヒラーさんの息がそれほどかかっていない感じで,どの楽器も生き生きと演奏していました。第4楽章のテンポはやはり速すぎたようで,ファゴットの難所は,完全に演奏できていなかったようでしたが,こういうスリル感は演奏会ならではです(演奏者にはご苦労様なことですが)。4楽章の終結部の低弦の壮絶な音も非常に迫力があり見事に全体を締めていました。

アンコールはシューベルトのロザムンデ間奏曲でした。アンコールの定番なのですが,これもまた非常に新鮮な演奏でした。出だしは非常に軽くさらりと始まりました。そこに本編の方ではあまり感じられなかったほのかな温かみも加わり非常に気持ちの良い演奏になりました。ちょっと手綱を緩めたのかなという感じです。中間部はクラリネットとオーボエの独擅場でした。特に今回からOEKに加わった遠藤さんという女性によるクラリネットソロは,音量も表情も豊かで素晴らしかったです。このアンコールはもしかしたら,新しく入ったこの方のお披露目のための選曲という気さえしました。遠藤さんは以前からよく客演でOEKに加わっており,見事な演奏ぶりで注目していたのですが,正式の団員になられたようで喜ばしい限りです。

というわけで,表現意欲に燃えたピヒラーさんとその意図に応えたOEKはかなり強い信頼関係を築くことができたようです。プロならば当然なのかもしれませんが,いろいろな指揮者にあわせられるOEKの柔軟性のようなものを感じた演奏会でした。これからもいろいろな顔のOEKを見てみたいものです。