メリー・ウィドウ
ハンガリー国立ブダペスト・オペレッタ劇場来日公演2000
2000/1/16 金沢市観光会館

レハール/喜歌劇「メリー・ウィドウ」(全3幕・ドイツ語)
●演奏
ローナイ・パール/ハンガリー国立ブダペスト・オペレッタ劇場O,Cho,バレエ団
カロチャイ・ジュジャ(ハンナ,S),ヴィラーグ・ヨージェフ(ダニロ,Br),ファラゴー・アンドラーシュ(ツェータ,Br),デーネシュ・ユディト(ヴァランシェンヌ,S),コバーチハージ・イシュトヴァーン(カミーユ,T),シルテシュ・ガーボル(ニェグーシュ,Br)フリエル・ラヨシュ(カスカーダ,T),ボジョー・ヨージェフ(サン・ブリオッシュ,T),オスヴァルド・マリカ(オルガ,S),ベンコーツィ・ゾルターン(クロモウ,Br),コヴァーシュ・ジュジャ(プラスコヴィア,A)ペーテル・リハルド(ボグダノヴィッチ,Br)

新年に相応しく,幸福感に溢れた,非常に生きの良いオペレッタを観てきました。観たのはハンガリー国立ブダペスト・オペレッタ劇場による「メリー・ウィドウ」です。指揮者,ソリストをはじめオーケストラ,合唱団,バレエ団も一緒に来日していたのでいわゆる「引越し公演」ということになります。オペレッタを生で観るのは初めてのことですが,実に良い出会いになりました。

この公演のビラの推薦文は宇野功芳氏が書いているのですが,実は,その文章のせいで観たくなりました。「僕は「メリー・ウィドウ」が大好きである...」と,例によって熱のこもった文章なのですが,この公演を観るきっかけになったという点でまず感謝したいと思います。その文章どおりの内容でした。

東洋的なゴングのような音が開演ベル代わりに鳴るとチューニングが始まりました。もしかすると,このゴングの音は,ブダペストでも使っているものなのかもしれません。「メリー・ウィドウ」は,タイトルは英語ですが,ドイツ語で上演され,舞台はパリ,登場人物は東欧の人という国際的な内容なのですが,作曲者のレハール自身がハンガリー出身ということで,東欧の雰囲気を醸し出すゴングにはなかなか味がありました。

指揮者が登場し,序奏が始まりました。チューニングのオーボエの音を聴いた時から感じていたのですが,かなり鄙びた音色でした。編成は60人ぐらいで重量感はないのですが,リズム感が非常にしっかりしていました。曲全般に渡り打楽器の音が心地よく響き,ドラムスか何かで伴奏しているような印象さえ受けました。オペレッタには相応しい伴奏といえます。

幕が開くと華やかな宴会シーンです。大勢の外国人が演技をしているのを観るだけで,嬉しくなりました。レハールの音楽はテンポの良い曲と甘い曲がうまく組み合わされており,非常に良い流れを持っています。もちろん,セリフ部分もかなり長く,字幕を読むのも面倒なのですが,それを忘れさせるような勢いのあるような演奏でした。テンポも速目だったのですが,セットの動きや人物の出入りも非常にスムーズでした。

歌手では,主役のダニロ役のバリトンが美しい声でした。かなり高い音域の声も出しておりテノールかと思うくらいでした。堂々とした雰囲気もあり,色男らしい自信も良く出ていました。カミーユ役のテノールも軽い美声で,この役に相応しいと思いました。ただ,私が予習で聴いたCDのニコライ・ゲッダのような高い音は出していなかったようで,少々物足りませんでした。女声の方は,ハンナもヴァランシェンヌも,それほど美声とはいえないし,声量も足りない感じでしたが,それぞれ「見た目」が良かったです。特に,ハンナ役は黒髪の東欧風の容貌の歌手で,ドラマの設定にぴったりでした。未亡人ということで黒い服を着ており,黒髪に黒服という地味な外観で登場したのですが,それでも主役としての輝きを放っていました。後半は金色の上着を羽織っていたので,さらに華やかさが増していました。

この曲は3幕から成っているのですが,今回は1幕後に休憩が入り,2,3幕は休憩なしで上演されました。この曲はセリフを少なくするとCD1枚に収まってしまうのですが,もちろん今回はそんなはずはなく,沢山のお楽しみシーンが含まれていました。

第1幕は,主役2人の紹介的な感じでしたが,それらしい音楽がなった後,馬車や車に乗って主役がそれぞれ粋に登場するのを見るだけで心が弾みました。ただ,登場人物が多く,かなり関係が複雑なので,人物関係は端役に至るまで予め理解しておいた方が楽しめるでしょう。私は一応把握してから観ました(主催者の金沢市公共ホール運営財団が発行している「Stage」という無料リーフレットにこのオペレッタの人物関係が要領良くまとめてあり便利でした。こういうのは毎回作って欲しいですね)。

第2,3幕はサービス精神に圧倒されました。まず,冒頭のハンガリー風の舞曲からすごい演奏でした。打楽器が力強く,かっちりと響き,ハンガリーのオーケストラの特徴が良く出ていました。マンドリンかバラライカのような楽器の音も聞こえました。「ヴィリアの歌」は,歌自身は今一つでしたが,それにバレエが入っており雰囲気を盛り上げていました。バレエはその後も度々登場しました。民族舞踊でのキレの良さはさすがでした。

第2幕後半では,何といっても「女,女,女のマーチ」が楽しめました。「マイ・フェアレディ」か何かに入っていそうな男声七重唱ですが,最後の方は観客の手拍子に合せてテンポが速くなってきます。この曲は会場を出てからも耳に残ってしまいました。拍手に応えてアンコールされましたが,このアンコールはラデツキー行進曲同様「お約束」のようです。こういう「お約束」は私は大好きです。この日のお客さんも実によく乗っていたと思います。

第3幕には,幕を降ろすことなくスマートに場面転換がされ,ダニロ好みのマキシムというキャバレーの雰囲気に変わります。そこでの見物は,当然カンカンです。オペレッタ全般に渡り大使館の書記官ニェグシュとオルガという参事官の妻が道化役なのですが(この2人のために「メリー・ウィドウ」以外の曲から取られたアリアが加えられていました。この公演では,この2人のウェイトがかなり高かったと思います。),このカンカンの場では,オルガが超人的な活躍をします。オスヴァルド・マリカという非常に小柄の歌手で,曲に合せて側転を数え切れないほど繰り返していました。しかも,アンコールを2回もやっていました。このサービス精神の旺盛さには,どれだけ拍手を送っても良いと思いました。

この後はしっとりとした雰囲気に変わり,有名なワルツを踊る中でクライマックスを迎えます。この辺の展開も言うことがありません。

全曲が終わると当然カーテン・コールが延々と続きました。カーテンコール自身もよく考えられており,オペレッタ中の数曲をメドレーで繋げたような曲が使われていました。背景の合唱団やバレエ団の動きもなんともいえず洒落ていました。

というわけで,特に後半の方はあっという間に終わった感じでした。歌唱部分だけを取り出してみると少々物足りない点はあったのですが,全体として見ると非常に新鮮で,洗練された舞台だったと思います。日本語のセリフをところどころ入れていたのですが,その入れ方にもコメディ・センスの良さを感じました。というわけで,この後,国内をどのように回るのか知りませんが,「生きの良い」作品を観たい人には是非お薦めしたい舞台です。

PS.会場で販売していたこの劇場の97年のオーチャードホールでの来日公演のライブCDも買ってしまいました。配役は大体同じですが,指揮者は井崎正浩さんで,歌詞もハンガリー語のようです。セリフは対訳ではないのですが,日本語全訳が付いています。何とアドリブで日本語で言っているようなセリフまで書いてあります。本当にこの公演を気に入ったような人が作ったCDです。これを買えばプログラム(\2000)はいらないかなと思い,プログラムは買いませんでした。これから楽しみに聴くつもりです。Musik Lebenというレーベルが書いてありますが通常の店では入手しにくいものかもしれません。