オーケストラ・アンサンブル金沢第88回定期公演B
2000/1/30 金沢市観光会館

ハイドン/交響曲第39番ト短調
モーツァルト/レクイエムニ短調,K.626
●演奏
若杉弘/Oens金沢/Oens金沢Cho(合唱指揮:大谷研二)
平松英子(S),菅有実子(A),五郎部俊朗(T),小鉄和広(B)

毎年,2月頃のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演では,OEK合唱団との共演を含むプログラムが組まれますが,今年もその路線でした。今回は,OEK初登場の若杉弘さん指揮によるモーツァルトのレクイエムがメインになります。

演奏会前のプレトークは,若杉さんが担当されました。非常に折り目正しくわかりやすい話し方で若杉さんらしさが出ていました。内容は,モーツァルトのレクイエムを演奏会で取り上げる時には2つの問題点が出てくるという話でした。一つ目の問題は約50〜60分という「中途半端」な長さなので何を「付け合わせ」に出すかということ。もう一つは言うまでもなく版の問題です。前者については,モーツァルトの40番だと重すぎるので,今回のハイドンのト短調の曲はぴったりだ,ということでした。後者については,ワルター,ベーム,カラヤンも演奏してきたジュスマイヤー版を若杉さんも評価しているということでした。私も,結局ジュスマイヤー版以外は「死人に口なし」版になってしまうのではないかと思ったりしています。

というわけで,前半はハイドンの交響曲第39番ト短調という非常に珍しい曲でした。ビラを最初に見たとき。モーツァルトの40番の間違いかと思ったのですが,さすがに「モーツァルトとハイドン」「39番と40番」と2箇所も間違えるわけはありません。聴いてみての印象は,若杉さんのおっしゃられたとおり,軽すぎず重すぎずのピッタリの選曲でした。演奏もそのとおりでした。冒頭からして魅力的な曲でした。古典派時代の短調の交響曲は,数が少ないだけあって,どれもハッとするような雰囲気で始まるのですが,これもそのとおりでした。その後,ホッとため息をつくようにゲネラル・パウゼが入ります。他の楽章もそれぞれ,雰囲気のある曲です。モーツァルトの25番ほど強烈ではありませんが,もっと取り上げられても良い作品だと思います(知る人ぞ知るというのも面白いですが)。
OEKの演奏では,第1ヴァイオリンの強く引き締まった響きが印象に残りました。コンサートマスターはプログラムによるとハンガリー系(名前から推測)の客演の方でしたが,その影響かもしれません。

なお,この曲の編成は,モーツァルトの25番と同様,ホルンが4本も入るのが特徴です。もしかしたらモーツァルトの方が真似たのかもしれません。この日のオーケストラの配置は第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンを左右に分け,コントラバスは下手後方,という変わった配置でした。最前列は下手から第1ヴァイオリン,チェロ,ヴィオラ,第2ヴァイオリンという並びになります。最後列にはホルンが4本横に並び壮観でした。

メインのレクイエムの方もかなり変則的な編成です。そのことが実演だと良く分かります。フルート,オーボエ,クラリネット,ホルンが入りません。クラリネット奏者はバセットホルンを吹いていたようですが,遠くからではよく分かりませんでした。音色は確かに暗い感じでしたが,クラリネットだと言われればクラリネットだという気もしました。というわけで,チューニングは,クラリネット奏者に合せていました。こういうケースも珍しいと思います。

演奏は,全般にやや速目のテンポで,スマートでバランスの良くまとまっていました。要所要所では,味わい深い響きも聴かせてくれ充実感もありました。オーケストラも合唱も透明感があり,まずは理想的な響きでした。感傷的になり過ぎないのも良いと思いました。OEK合唱団とOEKはいつもその音量のバランスが良いのですが,今回も良いバランスでした。ただ,1年前の演奏会では非常に力強かった男声が今回は少々弱いような気がしました。

オーケストラの並び方は前半と同様だったのですが,「涙の日」ではその効果が大変良く出ていました(それ以外での効果はよくわかりませんでしたが)。序奏部分の弦の音が左右に動き,揺れる心を表現しているようでした。これはチャイコフスキーの悲愴交響曲の第4楽章の冒頭と同じ効果かもしれません。大声でわめくような演奏ではなかったので,かえってこの曲の哀しみがよく伝わってきました。

トロンボーン・ソロとバス・ソロの掛け合いの出てくる3曲目の「不思議なラッパ」では,トロンボーンが何となく不安定な気がしました。この曲は好きなのですが,トロンボーンの音ばかりが気になり,集中できませんでした。

声楽のソロは,若手が中心で,さわやかな感じでした。4人のバランスも良く好感を持ちましたが,テノールは軽すぎるような気もしました。

若杉さんの指揮を見るのは初めてのことですが,結構細かくキューを出すのが目につきました。アマチュアの合唱団には分かりやすかったと思います。プレトークでの話し方同様,非常に的確な指揮だと思いました。

レクイエムが終わった後は,いつも拍手をどうすれば良いか迷うのですが,この日の拍手はなかなか見事でした。全曲が終わった後,数呼吸間があり,その後,拍手が起こりました。金沢の聴衆も曲によって拍手のタイミングを使い分けられるようになったようです。
余談ですが1月28日に若杉さん指揮読売日本交響楽団によるこの曲の過去の録音がCD化されました。非常に良いタイミングです。これは1965年に東京カテドラルでモーツアルトの命日に行われた演奏のライブ録音で,追悼ミサも含めて収録されています。記念にこのCDも買ってしまいました。まだ,じっくりとは聴いていませんが教会独特の長い残響とミサの雰囲気を味わいたい方にはお薦めのCDです。解説も非常に充実しています(ただ,歌詞カード中の「涙の日」を「怒りの日」と間違って印刷してあり,ガクッときましたが)。このCDを含むKINGレコードの「秘蔵名盤シリーズ」というのは,その名の通り,面白い企画のものばかりです。