フランス国立管弦楽団来日公演2000
00/2/14 金沢市観光会館

1)チャイコフスキー/ヴァイオリン協奏曲ニ長調
2)ベルリオーズ/幻想交響曲
(アンコール)
3)ビゼー/歌劇「カルメン」〜第1幕への前奏曲
●演奏
チョン・ミュンフン/フランス国立O/諏訪内晶子(Vn*2)

2月の北陸地方は天候が悪く,夜出かけるのはおっくうなのですが,どういうわけか毎年コンサートが集中します。東芝と石川テレビが毎年この時期に海外のオーケストラを招聘してくれるからです。今年は,フランス国立管弦楽団,しかもプログラムのメインが幻想交響曲ということもあって,「何としてでも聴かねば」と思い,雨の中を出かけてきました。

座席は,いちばん安い2階最上段の大向こうでした。チャイコフスキーと幻想なら,最後列でも聞こえるだろうと読んで,この席にしたのですが,ヨミは当たり鑑賞するには十分でした。会場は,諏訪内さんが登場することもあってほぼ満席でした。

諏訪内さんは,このところ頻繁に金沢に来られます。97年は岩城指揮OEKと98年はシュタイン指揮バンベルク響とそして99年はピアノとのデュオ・リサイタルを行っています。今回のフランス国立管弦楽団の来日公演では,ペーテル・ヤブロンスキーも独奏者として参加しており,正直なところ,ヤブロンスキーの方を聴いてみたかったのですが,「諏訪内さんが金沢に来れば絶対満員になる」というジンクス(?)があるせいか,今回も諏訪内さんが来られました。

とはいえ,諏訪内さんは本当に素晴らしいヴァイオリニストです。「諏訪内さんといえば黒」というイメージがあったのですが,今回は,予想に反して真っ白のドレスで登場しました。クールなファッション・センスも相変わらず素晴らしいと思います。

チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲は,先月OEKの定期で聴いたばかりなので2月連続ということになるのですが,やはり諏訪内さんの演奏の方が聴きごたえがありました。いつもながらのスリムで引き締まった見事な音でした。酔わせる演奏ではないのですが,隙がなく充実感が強く後に残る「聴かせる演奏」でした。私でもわかるミスはありましたが,それでも完璧への指向を感じさせる演奏でした。テンポは全般に落ち着いた感じなのですが,弛緩した感じはなく,すべての音をしっかりと演奏しているのが見事でした。中でも印象に残ったのは,最初から最後まで弱音器をつけて演奏していた第2楽章でした。諏訪内さんの緊張感のある弱音は絶品だと思います。

オーケストラの方は,全般に控え目な感じでしたが,明快かつ安っぽくならない木管の響きなどは,諏訪内さんの演奏によく合うと思いました。センチメンタルにならないところも諏訪内さんにピッタリでした。ただ,3楽章の速く切るようなパッセージなどでは,アンサンブルが乱れそうなところもありました。最後の最後ではクレッシェンドをかけて一気に盛り上げていましたが,前半ということもあり,まだまだ全力を出していないな,という感じでした。

後半は,目当ての幻想交響曲です。
指揮がチョン・ミュンフンさんということもあり,熱のこもった演奏になるのかな,と予想していたのですが,基本的にオケの自発性に任せ,要所をチョンさんがビシっと引き締めるという感じの演奏だった思います。カラっとしていて,美しい響きに溢れた演奏でした。悪くいうと「仕事きっちり」「燃えない演奏」という気もしたのですが,その「仕事」というのが,非常に高度なレベルで,その結果に対してオーケストラがものすごく自信を持っているような印象を持ちました。クールに決めるというのが,フランスらしさなのかもしれません。

曲の冒頭は,非常に念入りに始まりました。チャイコフスキーの時よりはチョンさんの統率力を感じました。透明度の高いヴァイオリン。人数が多くても厚ぼったく聞こえない低弦。楽章の最後に入ってくるトランペットのキリっとした格好良さ。洗練された雰囲気のある演奏でした。

第2楽章は,コルネット入りを期待していたのですが,印象としては,あまりリズムの揺れのないただのワルツでした。それでも田舎っぽくならないのは,オーケストラの特質だと思います。

第3楽章の前半は寂しい野の風景というよりは,明るい野の風景でした。木管を中心に個々の楽器の美しい響きを存分に味わえました。これだけこの楽章を楽しく聴けるというのは珍しいことです。その分,最後の2台のティンパニを4人で叩く部分の無気味さが強調されていました。それでも重苦しい,という感じはしませんでした。

第4楽章は,繰り返し無しで,しかも快適なテンポだったので,あっという間に終わってしまいました。ここでも金管の美しい響きが見事で,本当にほれぼれする格好良さでした。最後の断頭台の部分は短くスパっと終わって,まさに刃物で切るような感じでした。

第5楽章も第4楽章と同じ傾向で,開放的で軽やかでした。お楽しみの鐘でしたが...なんとステージ上にありませんでした。ハープの横にビデオ・カメラが置いてあったので,そのカメラで指揮者の姿を映し,舞台裏で叩いていたのだと思います。音のバランスを考えての処置だと思いますが,視覚的にはマイナスのような気がしました*。ここでも管楽器群の洗練された味が見事でしたが,特に例の固定楽想を調子はずれ気味に弾くクラリネットの音が印象に残りました。最後のコーダも,テンポが上がっても,狂乱という感じにはならず,あくまでも明快でした。

*「鐘は舞台裏に置く」と楽譜に書いてあることがあとからわかりました。無知をさらしてお恥ずかしい限りです。

というわけで,全般にオケの音の美しさが強く印象に残った演奏でした。ステージいっぱいに乗ったオーケストラからは充実した音が聞こえるのに,不思議と重苦しさはなく,聴いていて疲れない演奏でした。この美しさは,楽器間のバランスの良さのせいだと思います。チョン・ミュンフンさんについては,燃える指揮者という印象を持っていたのですが,結構冷静なタイプなのかな,と認識を少々変えました。

アンコールは定番のカルメン前奏曲でした。これまたカラっと明るく,ものすごく速いテンポの演奏でした。

演奏会後,誰か出てこないかウロウロしていたら,幸運なことに諏訪内さんが出てきました。そして,これまたラッキーなことにサインまで頂いてしまいました。2月14日に諏訪内さんからサインを頂けるとは...これ以上の幸運は滅多にないでしょう。というわけで,このサインは家宝にしたいと思います。