ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団来日公演2000
00/2/24 愛知県芸術劇場コンサートホール

バッハ,J.S.(マーラー編曲)/管弦楽組曲(第2組曲〜序曲,ロンドとバディネリ,第3組曲〜エア,ガヴォット1とガヴォット2)
マーラー/交響曲第4番ト長調
●演奏
リッカルド・シャイー/ロイヤル・コンセルトヘボウO/ユリアーナ・バンゼ(S)

今週は2泊3日で名古屋方面に出張があったのですが,その間も抜け目無く演奏会に行ってきました。うまい具合に,2月24日がロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の来日公演の最終日に当たっていたので,出張前にチケットを用意して出かけました。子供の頃から一度聴いてみたいと思っていたオーケストラでしたが,予想どおりの素晴らしさでした。今月は,チョン・ミュンフン/フランス国立,シャイー/ロイヤル・コンセルトヘボウと2つも外来メジャー・オーケストラの演奏会に出かけてしまいましたが,こういう贅沢をしたのも生まれて初めてのことです(この2人が同じ年齢というのも奇遇です)。

愛知県芸術劇場コンサートホールには数年前出かけたことがあったのですが,今回再度行ってみてエスカレータが多いのに少々焦りました。2階の奥の座席だったので中々たどり着けませんでした。コートもクロークに預けようと思ったのですが,そこにも長い列ができており,結局そのまま座席まで持って行ってしまいました。やはり,もっと早目に出かけておくべきでした。

プログラムは,予定されていたバッハの管弦楽組曲第1番がマーラー編曲管弦楽組曲(第2番と第3番からの抜粋して併せたもの)に変更になっていました。「ベスト・オブ・管弦楽組曲」といった感じのお馴染みの曲ばかりになり楽しめたのですが,日頃聴く機会の少ない第1番も聴いてみたかったと思いました(一昨年オーケストラ・アンサンブル金沢の定期公演で聴いた時,協奏曲的な感じの面白い曲だと思った記憶があるので)。

オーケストラがステージに入場し,チューニングが始まると,オーボエ奏者が四方八方に向かって音を出していました。こういう光景は初めてみました。その後,シャイーさんは上手から登場しました。これらはすべてコンセルトヘボウ式なのでしょうか

最初のバッハですが,組曲というよりは数楽章からなる交響曲のような印象を持ちました。第1楽章=序曲,第2楽章=ロンド,第3楽章=エア,第4楽章=トランペットの入る終曲という感じです。マーラーの編曲についてはよくわかりませんでしたがオルガンが入っている分,響きが厚くなっていました。

まず,冒頭のマイルドな響きとグッっと盛り上がって来る低音に引き付けられました。かなり速いテンポに感じましたが,古楽器演奏の常識からすれば普通のテンポなのかもしれません。バディネリではフルートが目立ち過ぎることも,引っ込み過ぎることもなく,大変良いバランスでした。伴奏部分の独特の音色と弾むような楽器の使い方も印象に残りました。バディネリの後,再度ロンドが戻って来ていたようですが,これは,マーラーのアイデアかもしれません。ここで一息ついて,調性が長調に代わり有名なエアになります。明るいけれども安っぽくならない素晴らしい弦の響きが聴けました。旋律の歌わせ方は甘すぎることも冷たすぎることもありませんでした。フレージングは,古楽器演奏の影響を受けているようで,新鮮な雰囲気のある演奏でした。最後の曲では「満を持して」という感じでトランペット3本が加わりました。ここまでは,やや地味目の響きが続いていたので一気にカラっとした雰囲気に切り替わりました。その色彩感の対比が見事でした。トランペットの突き抜けて来る響きは本当に見事で,一気に主役になりました。

後半は,生まれて初めて生で聴くマーラーの第4交響曲です。どうせなら,トロンボーンやチューバも入って,「うるさく終わる曲」を聴いてみたかったのですが,聴き終わってみると大満足でした。さすがシャイーとコンセルトヘボウです。実は,このコンビによるこの曲の最新CDも聴いてみたのですが,その印象が演奏会のままだということ自体にまず凄さを感じました。CDではソロの楽器の音が浮き上がって聞こえて来るのですが生でもそのとおりだったのです。これがヴィルトーゾ・オーケストラの実力かと感じ入りました。

第1楽章冒頭は,鈴の音のバランスが絶妙でした。テンポも快適で,続くフルートと弦楽器の音の溶け合いも最高でした。一貫して幸せな気分におおわれた第1楽章でした。楽器編成では,フルート4本というのが目につきました。フルート4本のユニゾンというのは滅多にないと思います。これも美しかったです。楽章の最後の方でテンポをぐっと落として,弦楽器をじっくり聴かせる部分は,「たっぷりと」と歌舞伎風の掛け声を掛けたくなるぐらい決まっていました。その名残惜しさはちょっと言葉に表せないぐらい見事でした。前述のとおり,ホルンの強奏を初めとしたソリスティックな魅力もありました。座席が遠かったせいか,弦楽器の音はそれほどたっぷりと聞こえなかったのですが,木管・金管は本当に素晴らしいと思いました。アンサンブルとしての音の美しさを聴かせる場面とトップ奏者が強い音で(しかし,全然無理のない響きで)ソロを聴かせる場面の使い分けを心得ているという印象を持ちました。

第2楽章は,怪しいヴァイオリン・ソロが入る,ユーモアと無気味さを兼ね備えたマーラーらしい楽章ですが,ここでもバランスが崩れることはなく,美しさを損なっていませんでした。特に中間部の陶酔感のある響きは素晴らしいと思いました。

第3楽章も,いつまでも浸っていたい素晴らしさでした。ここでも温かみのある響きが印象に残りました。クライマックスでのティンパニの強打も凄かったです。CDで聴いてもわかるのですが,このティンパニの音がすっかり気に入ってしまいました。荒々しくないのに気合いが入っており,しかもそれを平然とやっているのです。その他,朝顔を律儀に持ち上げていたホルンも目につきました。この音量面でのクライマックスが徐々に弱くなっていって,次の楽章につながっていく流れの自然さも見事でした。

第4楽章のソプラノの声は,入りの部分が意外に低く感じました。かなり,派手さを抑えた歌い方だったと思います。弱音中心で,歌い過ぎないところが良かったと思います。ちなみにこの日のソプラノのユリアーネ・バンゼさんは,やはりつい最近この曲のCDを出したブーレーズ盤のソリストです。シャイー盤ではバーバラ・ボニーさんが歌っているので,不思議なネジレ現象になっているようです。4楽章の終りも名残惜しさたっぷりで,ハープの絶妙の響きが聴けました。会場全体も息を呑んでいて,なかなか拍手が起きませんでした。

というわけで,マーラーの4番の良さを堪能できた言うことのない演奏だったのですが,唯一の問題点は...弱音部分になると聞こえてくる,隣の席の男性の寝息でした。いびきでない分まだ良かったですが...一足早く天国に行ってしまっていたようです。

演奏後は,かなり長い拍手が続きました。シャイーさんがトップ奏者を立たせた後,そのトップ奏者が仲間を立たせるというのもコンセルトヘボウ式なのでしょうか,親分−子分みたいな感じでなかなか面白い光景でした。この光景に象徴されるように,ヴィルトーゾ・オーケストラだけれども派手になり過ぎず,全体的に暖かみを持っているというのが,このオーケストラの美点だと思います。気のせいか,シャイーさんに対するよりも,各ソロ奏者に対する拍手の方が大きいような気がしました。

シャイーさんは,バランス感覚が大変良く,オーケストラ全体の音色の作り方が非常に巧いと思いました。もちろん,この日のホールの響きの良さのせいもあると思います。そういうオーケストラ全体としての響きの美しさを聴かせる一方で,ところどころ原色的なソロを聴かせるというのが非常に新鮮でした。それが,自然な流れの中に組み込まれているので,突飛な印象は与えず,全体としての充実感につながっていました。また,すべての楽想の表情が豊かなので,長い曲でも退屈させることがなく,親しみやすくなっていました。

オーケストラの持つ暖かみと名技性の高さ,シャイーさんの持つ自然さ,親しみやすさと新鮮な感覚,これらはすべてマーラーの交響曲第4番にぴったりだと思います。というわけで,初めて生で聴いただけで断定してしまうですが,この日の演奏は,滅多に出会うことのできない理想的な演奏だったのではないかと思いました。